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第十二話 共犯者の夜とツンデレ(クズ)の理屈

 魔道具店『アルカニスト』の静寂は、侵入者が二人になったことで、張り詰めた緊張に変わっていた。月明かりが照らす店内で、黒装束のレオニールと、同じく黒装束のソフィアが対峙する。


「ソフィア……!なぜ君がここにいる!」


 俺が動揺を隠せないまま声を絞り出すと、ソフィアはフードの奥から、俺を射抜くような視線を向けた。


「……やはり、あなたでしたのね」


 その声は、怒りよりも、何かを確信したような冷たさを帯びていた。


「あなたの『鍛錬』とは、このような……夜盗よとうの真似事でしたの?」


(バレてる!しかも、俺がここに来ることを、なぜ知っていた!?)


 俺の『シャドウヒーロー大作戦』 は、義妹エリアーデ以外の最もバレてはいけない人物ソフィアに、二度もしかも完璧に先回りされて現場を押さえられていた。


「……どうやって俺を?」


 俺が問うと、ソフィアは(呆れたように)小さく息を吐いた。


「どうやって、ではありませんわ。あなたが分かりやすすぎるのです」


「なに?」


「この数日、わたくしはあなたを『監視』していました 」


(ストーキング と言え!)


「あなたは、昼間は『クズ』を演じてあの平民リリアンと距離を取りつつ、裏では彼女を助けるために動いている……。そして、夜になれば寮(別邸) を抜け出し、昨夜は旧校舎で『鍛錬』 。……あまりにも行動が不自然すぎますのよ」

ソフィアは、俺が寮(別邸) の厳重な警備(公爵家の護衛)をどうやって巻いているのか不思議でならなかったらしい。だから、今夜は(彼女なりの方法で)先回りし、俺が向かう先を突き止めるために、この高級商店街に張り込んでいたのだという。


「そして、あなたが向かった先が王家御用達のこの『アルカニスト』。……ご自分の『鍛錬』 のために、王家の店に忍び込むとは。公爵令息として万死に値しますわ」


「……」(違う、そうじゃない……!)


 ソフィアの視線が、俺が開錠した金庫室と、その中にある「王家の紋章入りの保管箱」に向けられた。彼女の顔が怒りと軽蔑で一気に険しくなる。


「……!あなた、王家の品を盗むつもりでしたの!?『鍛錬』 とは、王家への反逆でしたか!」


「待て、早とちりするな!」


「何が違いますの!現にあなたは金庫を破り王家の箱を……!」


(まずい!この誤解は破滅フラグ直結だ!)


 俺は、エリアーデの昨夜の言葉(王太子の護符イベント) を思い出し、咄嗟に、この状況を切り抜けるための(最悪の)言い訳を組み立てた。


「……よく見ろ、ソフィア」


 俺はフードを目深にかぶり、声色を(クズ仕様に)低くする。


「この箱の中身は、護符だ」


「護符……?」


王太子ジークハルト 殿下が、明日ここを視察に訪れる。そして、この護符を

『リリアン・スチュアート嬢』に贈る手筈になっている」


「なっ……!あなた、なぜそれを……!?」


 ソフィアが(エリアーデのゲーム知識 の正確さに)目を見開く。


「この護符は『欠陥品』だ」


 俺は、ソフィアに隠すことなく、箱から護符を取り出し、魔力を流してみせた。アンバランスな魔力回路がいびつな光を放つ。


「……!本当ですわ……魔力循環が逆流している箇所がある。これを素人が身につければ魔力が暴走して……!」


 ソフィアもAクラスの筆頭。一目で欠陥品だと見抜いた。


 彼女は、混乱した顔で俺を見た。


「……レオニール。あなたはこれを……どうするつもりでしたの?まさか、あの平民リリアンを、王太子ジークハルト 殿下もろとも陥れるために……?」


(そう思ってくれる方がまだマシだった……!)


 俺は、エリアーデの『孤高のクズ(仮)』作戦 を思い出し、この状況で取りうる、唯一にして最悪の「言い訳(クズの理屈)」を選択した。


「……勘違いするな」


「え……?」


「この『欠陥護符』で、あの平民リリアンが魔力暴走を起こす。……そうなれば、どうなる?」


「どう、なるとは……」


「学園中が、誰の仕業だと噂する?」


「……!」


「真っ先に疑われるのは、あの平民リリアンに『嫉妬』していると噂の女。――つまり、お前だ、ソフィア」


「わたくしが……!?」


「そうだ。あるいは、あの平民リリアンと公然と対立している、レオニールだ。 俺やお前が、あの平民リリアンを呪ったと、王太子ジークハルト 殿下は(俺たちを)断罪するだろう」


「……!」


「俺の婚約者ソフィアが、そんなくだらない疑いをかけられ、笑い者になるのは

『俺の沽券に関わる』」


「…………え?」


「だから、修正するだけだ。おソフィアがそんなくだらない『悪女』の濡れ衣を着せられないように。……ただ、それだけだ」


「わたくし(ソフィア)が……濡れ衣を……?」


「リリアン嬢のためでも、王太子ジークハルトのためでもない。すべては、俺の『プライド』と『俺の婚約者おまえの名誉』のためだ。……分かったか?」


「…………」


 ソフィアは、何も言えなかった。彼女は、俺が紡ぎ出した「クズ(だが筋は通っている?)」の理屈を、理解しようと必死に頭を回転させていた。


(わたくしが、笑い者にならないために……? わたくしの、沽券のために……?)


 俺は、呆然とするソフィアを(あえて)無視し、護符の修正作業に入った。 神業的な魔力制御で、アンバランスな回路を一つ一つ、正常な流れに組み替えていく。その繊細かつ強大な魔力の扱いに、ソフィアは(昨夜の旧校舎 に続き)再び息を飲んだ。


(……すごい。王太子ジークハルト殿下ですら、ここまで繊細な魔力制御は……。彼は、本当に……『鍛錬』 だけで、この技術を……?)


 数分後、護符は完璧な魔道具として、安定した淡い光を放っていた。俺はそれを箱に戻し、金庫の鍵を(魔力で)元通りに施錠した。


「……今夜のことは誰にも言うな」


「……」


王太子ジークハルトにもだ。俺の『沽券』のためにやったことだと知られれば、余計な騒ぎになる」


「……言いませんわ。わたくし(の沽券)のためなのでしょう?」


ソフィアが、皮肉とも本気ともつかない口調で、俺の言葉を繰り返した。


「……分かっているならいい」


 俺たち二人は、「秘密」を共有した共犯者として、月明かりの魔道具店を後にした。


________________________________________


 寮(別邸)の自室に戻ると、エリアーデが(案の定)起きて待っていた。俺が事の顛末(ソフィアとの共犯成立、クズの理屈)を報告すると、彼女は……。


「……お兄」


「……なんだ」


「……最高かよ!!」


 エリアーデは(オタクの顔で)ガッツポーズをした。


「(小声)『お前の沽券に関わるから助ける』!?なにそのテンプレツンデレ(クズ)ムーブ!しかもそれを、ソフィア様(ガチ純情ツンデレ) にかますとか!どんだけフラグ建築家なの!?」


「(小声)お前の教育方針だろうが!」


「(小声)でも、お兄の『クズ(ツンデレ)』ムーブ、完璧だったよ!これでソフィア様、お兄のこと『冷酷非道なクズだけど、婚約者(私)のプライドだけは守ってくれる……かも?』っていう、超絶複雑なバグ認識に突入したよ!」


「(小声)……もうどうにでもなれ」


________________________________________


 翌日の昼休み。カフェテリア。王太子ジークハルト が、リリアンに小箱を渡している場面に遭遇した。


「スチュアート嬢。君の身を案じて、護身用の護符を用意した」


「ええ!?王家の紋章……!こ、こんな高価なもの、いただけません!」


「いいから受け取ってくれ(俺が選んだんだ)」


 リリアンが(修正済みの)護符を身につけると、暴走するどころか、彼女の聖女の力(無自覚)と調和し、温かい光を放った。


「わあ……なんだか、心が安らぎます……! ありがとうございます、殿下!」


「(おお……!)」


 王太子ジークハルトは、自分の贈り物が(意図せず)聖女の力と共鳴したことに感動し、リリアンへの好感度をさらに高めていた。


(よし。『シャドウヒーロー大作戦』 、第二弾、任務完了だ)


 俺は『クズ』の顔でその光景を無視し、スープを飲んだ。


 その時、カフェテリアの対角線上から、二つの視線が俺に突き刺さった。


 一つは、リリアン。(レオニール様、見ていてください。私、殿下ヒーローと、レオニール様(恩人)の期待に応えます!)という、キラキラした視線。


 もう一つは、ソフィア。


(……あなた(レオニール)が、直した護符……。本当に、わたくし(ソフィア)の、沽券のために……?)という、昨日までの「監視」 とは明らかに違う、熱を帯びた、複雑すぎる「監視」の視線。


 俺の胃は、今日も限界だった。



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