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第十話 軌道修正と混乱の視線

 翌朝。寮(公爵家の別邸)から学園へ向かう馬車の中は、昨日とはまた違う意味で、重苦しい空気に満ちていた。


「(小声)……お兄」


「(小声)……なんだ」


「(小声)……寝た?」


「(小声)寝れるか。夜中に学園に忍び込んで、婚約者ソフィアとラスボス(魔力溜まり)と共闘して、脅迫クズムーブかまして帰ってきたんだぞ。アドレナリンが出すぎて逆にハイだ」


 俺の目の前で、エリアーデが攻略ノートに、昨夜の俺の失態(?)を凄い勢いで書き込んでいる。


「(小声)『シャドウヒーロー大作戦』、初日にして軌道修正だからね!まさかソフィア様が、魔力の淀みを察知して単独で調査に来るなんて……あの人、ゲームの悪役令嬢よりよっぽど優秀だよ!」


「(小声)Aクラスの筆頭だからな。当然だろ」


「(小声)問題は、お兄が『無詠唱の三重障壁』なんていう、超絶ハイスペック魔術を見せちゃったこと!しかも『鍛錬だ』なんていう苦しすぎる言い訳!ソフィア様、絶対にお兄のこと『何かを隠してる』って疑い始めたよ!」


「(小声)……だろうな」


 昨夜のソフィアの、あの「混乱」した目を忘れられない。


 エリアーデはペンを置き、ビシッと俺を指差した。


「(小声)というわけで、作戦を軌道修正します!」


「(小声)またか……」


「(小声)『シャドウヒーロー大作戦』は続行!ゲームの本筋シナリオへの介入は続ける!ただし、ソフィア様対策を大幅に変更!」


「(小声)変更?」


「(小声)今までの『孤高のクズ(仮)』作戦は、ソフィア様を『突き放す』作戦だった。でも、昨夜の共闘で、彼女はお兄の実力(と、咄嗟に庇った優しさ)に気づき始めてる。ここで中途半端に突き放すと、逆に『ツンデレ(不器用なクズ)』として好感度(?)が上がる危険性がある!」


「(小声)もう何が何だか……」


「(小声)だから、こうする!ソフィア様に対しては……『徹底的不可侵アンタッチャブル』作戦!」


「(小声)アンタッチャブル?」


「(小声)そう!『褒めない』『けなさない』『近づかない』『目も合わせない』!昨夜の『秘密の鍛錬(笑)』を本当に秘密にするために、彼女を『存在しない者』として扱うの!これでお兄への興味を失わせる!」


「(小声)……それはそれで、別の憎悪フラグが立たないか?」


「(小声)大丈夫! 多分!」


(絶対大丈夫じゃない……)


 俺の胃は、今朝も通常運転(激痛)だった。


________________________________________


 学園に到着すると予想通り、雰囲気は平穏そのものだった。旧校舎のポルターガイスト事件は、俺とソフィアが(秘密裏に)解決したため、発生すらしなかった。当然、話題にもなっていない。『シャドウヒーロー』としての初仕事(の隠蔽)は成功したと言える。


 だが問題はそこではなかった。


 Cクラスの教室。俺が席に着くとクラスメイトたちは昨日までと同様、俺を「孤高のクズ(仮)」として扱い遠巻きに無視している。これは作戦通りだ。


 リリアンが(今日も元気に)俺に挨拶しようと近づいてくる。俺はエリアーデの新方針(リリアンには『冷たく突き放す』 )に従い、彼女と目を合わせず、教科書を広げるフリをして完全に無視スルーした。


「あ……」


 リリアンは一瞬悲しそうな顔をしたが、すぐに(昨日と同じように)「……ご無理なさらないでくださいね」と小声で呟き、自分の席に戻っていった。


(……よし。好感度ファンファーレは鳴らなかった。学習したぞ、俺)


 そう思ったのも束の間。俺は教室の入り口から突き刺さるような「視線」を感じた。


(……!?)


 振り返るまでもない。Aクラスの教室がある方向から、明確な意志を持って、Cクラスの教室(にいる俺)を「監視」する視線。


 ソフィア・フォン・ヴァレンシュタインだった。


 彼女はAクラスの友人たちと談笑するフリをしながら、そのルビーのような瞳で、俺の一挙手一投足を冷ややかに、しかし執拗に観察していた。昨日までの「軽蔑」や「怒り」とは違う。まるで「未知の生物」か「解けない数式」を分析するかのような、探るような視線だった。


(……やりにくい!)


 エリアーデの『不可侵アンタッチャブル』作戦は、ソフィアの『徹底監視ストーキング』作戦によって即座に破綻していた。


________________________________________


 昼休み。カフェテリア。俺とエリアーデが(緊張しながら)ランチトレーを持って席に着くと、すぐに「その時」が来た。


 リリアンが昨日と同じように友人とカフェテリアに入ってくる。そして、昨日と同じように、ソフィアの取り巻きが立ちふさがった。


「あら、またいらしたの?スチュアート様」


「こ、こんにちは……」


「昨日はレオニールクズ が乱入してきて台無しでしたけれど懲りない方ですこと」


「わ、私は、学園の施設を利用する権利が……!」


(来た!昨日と同じ展開!)


 俺はエリアーデを見た。エリアーデが(無表情で)フリップを掲げる。


不可侵スルー!!』


(鬼か!?)


 昨日、俺が介入したせいで、リリアンの好感度がバグったのは事実だ。ここで無視スルーするのがエリアーデの作戦クズなのだろう。


 俺は唇を噛み締め、目の前のスープ(冷製)に集中するフリをした。


(すまん、リリアン嬢……!王太子ジークハルトが助けに来るのを祈ってくれ!)


 取り巻きの令嬢が、リリアンに一歩近づく。


「権利ですって?聞こえませんわ。さあ、トレーをお下げなさい。空気が――」


「――やめなさい」


 凛とした、しかし昨日までの刺々しさがない、静かな声が響いた。ソフィア・フォン・ヴァレンシュタイン、その人だった。


「え? ソフィア様……?」


 取り巻きたちが信じられないという顔で自分たちのリーダーを見る。俺も(スープを飲むフリをしながら)耳をダンボにした。エリアーデが(紅茶を飲むフリをしながら)固まっている。


 ソフィアはゆっくりと立ち上がった。彼女は、イジメられているリリアン(ヒロイン)の元へは行かない。彼女は、レオニールのテーブルを一瞥した。


(俺を見た!?)


 そしてソフィアは、俺に(だけ)聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。


「……こんな場所で騒ぎを起こすと、わたくしの『鍛錬』の邪魔になりますわ」


「(ブフッ!!)」


 俺が(心の中で)スープを噴き出した。


(鍛錬!?お前もか!?)


 昨夜、俺が苦し紛れに言った「秘密の鍛錬」という言い訳を、ソフィアが逆利用してきたのだ!


 ソフィアは俺の反応(動揺)を(たぶん)確認すると満足そうに(?)取り巻きたちに向き直った。


「あなたたち見苦しいですわ。わたくしの友人として品位を欠く行動は慎みなさい」


「も、申し訳ありません、ソフィア様!」


 取り巻きたちは慌てて頭を下げる。


 ソフィアはリリアンには一瞥もくれず、「行くわよ」と告げカフェテリアから去っていった。取り巻きたちも慌てて後を追う。イジメは、またしても中断された。


「…………」


「…………」


 カフェテリアに残されたのは呆然とするリリアンと、混乱の極みにいる俺とエリアー

デ。


「(小声)お兄……」


「(小声)……なんだ」


「(小声)……ソフィア様、お兄の『鍛錬』ネタ、気に入ったみたい……」


「(小声)最悪だ……!しかも俺のせいでイジメが止まったみたいになってるじゃないか!」


 リリアンがおずおずと俺たちのテーブルに近づいてきた。その目は昨日以上の尊敬と感謝(と、なぜか少しの同情)に満ちていた。


「(小声)お兄!スルー!『不可侵』作戦続行!」


  俺はエリアーデに言われ、リリアンから顔を背け、無心でスープを飲み続けた。


「……レオニール様。あの……ありがとうございました」


「……」


「ソフィア様……レオニール様が昨夜『何か』をなさったから、態度が変わったのですよね……?」


(鋭い!ヒロインの勘か!?)


「私のために……ご自分の秘密(鍛錬?)まで使って、ソフィア様を説得してくださったんですね……!」


「(違う!断じて違う!)」


(ピコピコピコーン♪♪♪)


(昨日よりデカいファンファーレが鳴った!)


 俺が絶望していると、カフェテリアの入り口に、王太子ジークハルトが(またしても)現れた。彼は、俺(スープを飲むクズ)と、俺に感謝して泣いているリリアン、そして去っていくソフィアの背中を見て、完璧な(昨日とも違う)誤解を成立させた。


(あいつ(レオニール)、今度は何をしたんだ……?)


(ソフィアを追い払った?いや、ソフィアが自ら去った?)


(リリアン嬢は……またあいつ(レオニール)に泣かされているのか?いや、感謝……?なぜだ?)


 王太子ジークハルトは混乱した顔でリリアンの元へ歩み寄った。


「スチュアート嬢、大丈夫か?またレオニールに何か……」


「あ!殿下!ち、違うんです!レオニール様は……!」


「……?(ますます分からん)」


 俺は王太子とリリアンが(混乱しながら)フラグを立てる様子を横目に、エリアーデと共に、そそくさとカフェテリアを後にした。


「(小声)お兄……」


「(小声)……言うな」


「(小声)『不可侵』作戦、失敗!」


「(小声)だろうな!」


「(小声)ソフィア様、お兄のこと『鍛錬仲間ライバル』みたいに認識し始めてない!?しかもリリアン様は『二人の秘密(鍛錬)を知ってるのは私だけ』みたいな共犯者意識(?)まで芽生えてるよ!」


「(小声)俺はただ、スローライフを送りたいだけなんだ……!」


 俺のシャドウヒーロー作戦は恋愛フラグを浄化するどころか、ヒロイン(リリアン)と悪役令嬢ソフィアの両方を、さらにカオスな誤解の沼へと叩き落としてしまったようだった。



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