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第九話 旧校舎の遭遇と二人の秘密

 静寂。月明かりだけが差し込む、埃っぽい旧校舎の地下儀式室。淀んだ魔力が青白く渦巻く中、レオニールとソフィアは、互いに信じられないものを見る目で睨み合っていた。


「ソフィア……!?なぜ君がここに……!」


「レオニール……あなたこそ、その格好(黒装束)で、こんな夜更けに……!」


 最悪だ。『シャドウヒーロー大作戦』 は、開始5分で最大の障害(婚約者)に遭遇した。俺はとっさに顔を隠していたフードを目深にかぶるが、声と体格でバレているのは明白だった。


 ソフィアのルビーのような瞳が、俺を厳しく射抜く。その視線に含まれているのは、驚愕、そして昨日までの怒りに満ちた軽蔑と……新たな「疑惑」だった。


「……やはり、あなたでしたのね」


「何がだ」


「昼間、カフェテリアでわたくしたちを侮辱しただけでは飽き足らず、今度はこんな場所で……あの平民リリアンを陥れるための罠でも仕掛けているのではなくて?」

「はぁ!?」


(そう来たか!)


 ソフィアの頭の中では、俺が「ヒロイン(リリアン)を庇うクズ」から、「ヒロイン(リリアン)を(ソフィアのせいにして)陥れるために暗躍する、さらに姑息なクズ」へと進化しているらしい。誤解が凄まじい速度で加速している。


「勘違いするな。俺はただ……」


(ただ、何だ?『淀んだ魔力を浄化しに来たシャドウヒーローだ』とでも言うのか? 馬鹿馬鹿しい)


 俺が言葉に詰まった、その瞬間。


 ゴオオオオオッ!!


「!?」


「きゃあ!」


 それまで比較的おとなしかった儀式室中央の「魔力溜まり」が、俺たち二人の魔力(Aクラス級の高魔力だ)に反応したのか、急速に活性化した。淀んだ魔力が渦を巻き、儀式室に転がっていた古い椅子や机が、ガタガタと激しく揺れ始める。 ポルターガイスト現象だ。


「まずい、活性化し始めたわ!」


 ソフィアはさすがAクラスの筆頭だった。彼女は即座に詠唱を完成させ、自身の前に防護壁シールドを展開する。


「レオニール、あなたも防護壁を! この魔力、放っておくと校舎全体に……!」


「言われなくとも!」


 俺も防護壁を展開するが、内心は焦りでいっぱいだった。


(エリアーデの攻略ノートより、反応が早いし規模がデカいぞ!?)


「くっ……!」


 ソフィアの防護壁に、旧い燭台が(魔力によって)投げつけられ、甲高い音を立てて弾かれた。彼女の魔力は強大だが、淀んだ魔力溜まりの「物量」は凄まじい。


「ソフィア、ここは危険だ!一旦退くぞ!」


 俺がシャドウヒーロー(仮)の威厳を込めて(?)叫ぶと、ソフィアは悔しそうに唇を噛んだ。


「退けませんわ!このまま活性化させれば、明日の授業までに魔力が学園中に拡散し、低魔力の生徒たち(Cクラスなど)が体調を崩します!」


「だが!」


「……それに」


 ソフィアは、防護壁を維持しながら、俺(黒装束)を睨みつけた。


「この魔力溜まり……あなたが仕掛けたのではなくて?」


「なっ……!?」


(まだ俺を疑うか!)


 俺が「クズ」として暗躍し、ソフィア(あるいはリリアン)を陥れるために、このポルターガイストを引き起こしたと疑っているのだ。


「どこまで俺を……!」


「信用できるものですことか!昼間あれほどわたくしをコケにし、婚約者の想い(10年来の) を踏みにじっておいて!」


「あれは……!」


バキイイイイン!!


 俺たちが口論している間に、魔力溜まりの力がさらに増大し、ついにソフィアの防護壁にヒビが入った!


「しまっ……!」


 防護壁が砕け散り、儀式室の瓦礫がソフィアに向かって殺到する。


(まずい!)


 俺は、ソフィアが「クズ」と罵った、その俺が、反射的に動いていた。『シャドウヒーロー』とか『教育方針』とか、全部どうでもよかった。


「――《三重堅牢障壁トリプル・シールド》!!」


 俺はソフィアの前に飛び出し、公爵家秘伝というほどでもないがの最上級防護魔術を、無詠唱で展開した。凄まじい衝撃音と共に三枚の魔力の壁が瓦礫の嵐を受け止める。


「…………え?」


 ソフィアが、俺の背中(黒装束)を見上げ、呆然と呟いた。


「……無詠唱、で……三重障壁……?」


 Aクラスの彼女でも、詠唱破棄でここまでの魔術は使えないはずだ。


(しまった!やりすぎた!)


 エリアーデの『シャドウヒーロー』は「地味にこっそり」が鉄則だったはずだ。こんな派手な魔術目立ちすぎる!


「ぐ……っ!」


  魔力溜まりは、俺の強力な魔術にさらに反発し、儀式室全体を揺るがすほどの魔力の嵐を巻き起こす。


(チッ、こうなったら!)


「ソフィア!あの魔力溜まりの中心核を叩く!俺がアレの動きを一瞬止める!君は最大火力で中心を撃て!」


「なっ……わ、わかったわ!」


 ソフィアは驚きながらも、即座に状況を理解し、その手に炎系の最大魔術(おそらくは『爆炎槍フレアランス』)の魔力を集め始めた。


「(小声)お兄、さすが!でも派手すぎ!」


「(小声)うるさい!緊急事態だ!」


……いや、エリアーデはここにいない。俺の心の声だった。


「行くぞ!」


 俺は防護壁を維持したまま、もう片方の手で魔力溜まりの動きを封じ込めるための拘束魔術を放つ。


「――《凍てつくフリーズ・ジェイル》!」


 淀んだ魔力が一瞬、凍り付いたように動きを止める。


「今よ! ――《爆炎槍フレアランス》!!」


 ソフィアが放った灼熱の槍が、動きの止まった魔力溜まりの中心核を正確に貫いた。 一瞬の静寂の後、淀んだ魔力は、浄化の光と共に霧散していった。


「…………はぁ、……はぁ……」


「……終わった、か」


 儀式室に静けさが戻った。残ったのは破壊された瓦礫と俺たち二人の荒い息遣いだけだった。


「…………」


「…………」


 気まずい沈黙が流れる。俺は(シャドウヒーローとしては大失敗だ)と思いながら、ソフィアに背を向けた。


「……なぜ」


 ソフィアが震える声で呟いた。


「なぜ、わたくしを助けたの……?」


「……」


「あなたはわたくしのことをあれほど憎んでいるのではなかったの?邪魔な婚約者わたしがここで怪我でもすれば好都合だったはずでは?」


 彼女の声には怒りよりも純粋な「混乱」が満ちていた。昼間の「クズ」な俺と、今、

自分を命がけで庇い、連携して事件を解決した「黒装束のレオニール」が、彼女の中で結びつかないのだ。


(まずい。ここで優しさを見せたら、『孤高のクズ(仮)』作戦が崩壊する)


 俺はエリアーデの教育方針を思い出し、フードを深く被り直したまま、全力の「クズ」ムーブで振り返った。


「勘違いするな」


「え……?」


「お前がここで騒ぎを起こして、学園の警備隊でも呼ばれたら面倒だ。俺の『秘密の鍛錬』がバレるだろうが」


「秘密の……鍛錬?」


「そうだ。俺がCクラスにいるのは、Aクラスの奴ら(王太子含む)の生ぬるい訓練に付き合うのが馬鹿らしいからだ。俺は俺のやり方で、ここで強くなる」


(我ながら苦しい言い訳だ!)


「だから、お前が怪我をして騒ぎになるのが『邪魔』だっただけだ。助けたわけじゃない」


「……!」


 ソフィアが息を飲む。


 俺は呆然とするソフィアに近づき冷たく言い放った。


「今夜のことは誰にも言うな。王太子ジークハルトにもだ。次に俺の『鍛錬』の邪魔をしたら……」


 俺はソフィアの耳元で、悪役令息(ゲーム版)の台詞を叩き込んだ。


「……容赦しないぞ」


「ひっ……!」


 ソフィアの肩が、恐怖(あるいは別の何か)で小さく震えた。


(よし、これで『クズ』認定、継続だ!)


 俺は満足し(罪悪感で死にそうになりながら)、『シャドウヒーロー』は窓から闇へと消えていった。


________________________________________


 儀式室に一人残されたソフィアはその場にへたり込んでいた。彼女の手はまだ小さく震えている。


(……怖かった……)


 レオニールのあの冷たい声。 だが、それ以上に。


(……強かった)


 自分を庇ったあの無詠唱の三重障壁。淀んだ魔力を一瞬で拘束した魔術。Aクラスの自分や、王太子ジークハルトすら凌駕するかもしれない、圧倒的な実力。


(彼は、Cクラスで……『クズ』を演じながら、こんな……)


 ソフィアは、レオニールが消えた窓を見つめた。


「秘密の、鍛錬……?」


「邪魔、だった……?」


「容赦しない……?」


 レオニールが言った「クズ」な台詞が頭の中でリフレインする。だが、それはカフェテリアで聞いた「うるさい、失せろ」 という台詞とはなぜか違って聞こえた。


(本当に……わたくしを、庇ったのではなくて……?)


 彼女の心に、「婚約者を裏切ったクズ」という確定していた評価に対し、初めて巨大な「?」マークが浮かび上がった。


________________________________________


「……というわけだ」


「お兄のバカアアアアア!!」


 寮(公爵家の別邸)に戻った俺は待機していたエリアーデに事の顛末(シャドウヒーロー大失敗・ソフィアに正体バレ&共闘)を報告し、即座に最大級の罵倒を浴びせられていた。


「なんでソフィア様と共闘しちゃってるの!しかも無詠唱の最上級魔術って!バレバレじゃない!」


「不可抗力だ!彼女が死にそうだったんだぞ!」


「『鍛錬がバレるから』!?苦しすぎるよその言い訳!絶対に『何かを隠してる』ってバレるやつだよ!」


「じゃあどうしろと!?」


 エリアーデは頭を抱え、「シャドウヒーロー作戦、初日にして軌道修正!」と叫んだ。 俺の破滅フラグ回避計画は、ソフィアという最大の「誤解」を、さらに「混乱」させるという、最悪の方向へと進み始めていた。


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