序章 悪役令息と「詰み」フラグ
俺、レオニール・フォン・アストレイア公爵令息。物心ついた時から、ここが前世で妹に無理やりプレイさせられた乙女ゲーム『光の聖女と七つの奇跡』の世界であり、自分がそのゲームのメイン悪役、通称「氷の貴公子(笑)」であることに気づいていた。
俺の役回りはこうだ。平民上がりのヒロインを陰湿にイジメ抜き、学園祭の「断罪イベント」で王太子から婚約破棄と悪事のすべてを暴露され、最後は国外追放か、良くて辺境の修道院に幽閉されるという「詰み」ルート。
「ふざけるな!」
公爵家の豪奢な自室で、俺は(心の中で)叫んだ。前世では社畜として過労死ラインを疾走していた俺だ。今世くらいスローライフを送りたい。幸い、まだゲーム開始前。俺は決意した。
「徹底的にヒロインを避ける!関わらない!目立たない!」
悪役ムーブさえしなければ断罪もクソもない。俺は貴族としての教養を完璧にこなしつつ、極力無害な「空気」と化す努力を続けた。
そして迎えた、16歳の春。ゲームの舞台である王立魔導学園の入学式。ついにヒロイン(光の聖女)とエンカウントしてしまう――と思った、その前日。
事件は起きた。
爆誕
「レオニール、紹介しよう。今日からお前の新しい母上と妹になる人たちだ」
厳格な父上に連れられて入ってきたのは、おっとりとした美貌の未亡人(新しい母)
と、その後ろに隠れるように立つ一人の少女。
歳の頃は俺より一つ下、15歳くらいか。栗色の髪をサイドテールにし、大きな翡翠色の瞳で不安げにこちらを見上げている。小動物系の、いかにも庇護欲をそそる美少女だ。
「……エリアーデと申します。以後、よろしくお願いいたします、お義兄様」
か細い声で少女――エリアーデが頭を下げる。
(義妹……だと?)
ゲームにそんな設定はなかったはずだ。俺がヒロインを避けることに集中しすぎたせいでシナリオにバグでも生じたか?
だが悪役令息(予定)の俺としては、ここで家族が増えるのはむしろ歓迎すべきことだ。味方は多いほうがいい。
「レオニールだ。こちらこそよろしく、エリアーデ。父上、書斎で今後のことでお話が」
俺が完璧な貴公子の笑み(練習済み)を浮かべ、父と話をつけようと踵を返した、その瞬間。
「……あ、あの!」
エリアーデが俺の袖を掴んだ。
「お義兄様、いえ、レオン様。少しだけ二人でお話できませんでしょうか?」
「……構わないが」
俺たちは中庭のテラスへと移動した。侍女たちを下がらせ二人きりになる。気まずい沈黙。何を話せば……。
「……あのさ」
先に口を開いたのはエリアーデだった。さっきまでのか細い声とは違う、妙にハキハキとした、どこか聞き覚えのある感じで。
「『氷の貴公子(笑)』のレオニール様?」
「――ッ!?」
俺は凍り付いた。その呼び名は前世で俺をからかっていた、あのクソ生意気な「妹」の呼び方だ。
俺が硬直していると、目の前の美少女(義妹)はニヤリと口の端を吊り上げた。
「ウケる。マジでお兄じゃん。よりにもよって最推しの悪役令息とかどんだけ業が深いのよ」
「お、おま……サキか!?」
「そ。前世ではお世話になりました、お兄様(笑)」
エリアーデこと、前世の俺の妹・サキは、勝ち誇ったように胸を張った。頭がクラクラする。悪役令息に転生しただけでも最悪なのに、あのオタクで口うるさかった妹まで転生し、あろうことか「義妹」として爆誕しやがった。
「最悪だ……」
「失礼な!こっちだって学園入学直前に母親が再婚して、相手が推し(お兄)の家とか、供給過多で死にそうなんだから!」
「推し……?」
「そうだよ!レオニール様はこのゲームの真のヒロイン!断罪イベントとかいうクソ展開、この私が絶対に阻止してみせる!」
サキ(エリアーデ)は目を輝かせ高らかに宣言した。
「というわけで、お兄の『悪役令息リハビリ計画』を始動します!これが私のお兄に対する『教育方針』だから!」
「はぁ!?教育方針だぁ!?」
「まず、その『氷の貴公子』みたいなスカした態度やめて!無表情!無愛想!それ全部、ヒロインに『冷たいけど、本当は優しいのかも……?』って勘違いさせる死亡フ
ラグだから!」
「なっ……」
「いい?お兄は明日からヒロイン(聖女)を見かけたら、満面の笑みで『やあ! ごきげんよう!いい天気だね!』って挨拶すること!いいね!」
「できるかそんな陽キャムーブ!!」
「問答無用!拒否権はありません!」
こうして俺の「詰み」回避計画は、突如爆誕した義妹(中身は前世の妹)という最悪のバグによって、根本から修正を余儀なくされた。
エリアーデのやばすぎる教育方針のもと、俺の学園生活が幕を開ける。
ヒロイン(聖女)は聖女でやたらと俺に絡んでくるし、本来の婚約者である公爵令嬢
(ツンデレ)からは「最近のあなた、キモいわよ!?」とドン引きされるし、そして
義妹は「お兄、今のフラグ建築!減点!」とか言って監視してくるし。
俺は無事に破滅フラグを回避し、平穏なスローライフを手に入れることができるのか!?
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