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14-3 真夜中のストリートファイト

 岬が車を飛び出したのと同時に、路地の両端から乾いた足音が一斉に響いた。

 待機していたエージェントたちが、一般人を装いながらも逃げ道を塞ぐように配置につく。


「待ちなさい!」


 静まり返った路地裏に、岬の声が凛と響き渡った。

 ビルの壁に反響したその声に、平泉と千景が同時にこちらを振り向く。


「あ……?」

 平泉が不快そうに眉を寄せた。

「コイツのファンか?悪いが今はプライベート……」


「え……?」

 千景の目が大きく見開かれた。虚ろだったその瞳に驚きと動揺の色が戻る。

「岬なの?どうして、ここに……」


 岬は千景の問いには答えず、二人へと近づいていく。千景に一瞬だけ視線を送ると、平泉を厳しく睨みつける。


「お久しぶりね、平泉潤二郎さん。随分と羽振りが良さそうだけど、その車もスーツも全て女性たちから騙し取ったお金で買ったものかしら?」


 平泉の表情がこわばった。

「誰だテメエ。何の話だ?」


「とぼけないで。あなたがどういう人間か、こちらは全て把握している。あなたは甘い言葉で何人もの女性を騙し、金を搾り取り続ける人非人(にんぴにん)でしょう?」


 岬は一歩も引かずに言葉の弾丸を撃ち込んだ。

 図星を突かれた平泉の顔が朱色に染まっていく。


「お前……岬か……?いきなり現れて意味不明なこと言ってんじゃねえぞ!」


 平泉が逆上し、岬に向かって手を振り上げた。

 千景が「やめて!」と悲鳴を上げる。


 ガシッ!


 鈍い音が響き、平泉の腕が途中で止まった。

 岬の横から伸びたエリオットの手が、彼の手首を万力のように掴んでいたのだ。

「女性に暴力を振るうのが君の流儀かい?随分と安い男だね」



 都会の夜風が、不穏な熱気を孕んで路地裏を吹き抜ける。

 ネオンの光が届かないこの場所で平泉潤二郎は口の端を歪め、目の前の男を値踏みするように睨みつけた。その視線には明らかな侮蔑と、それを上回る強烈な嫉妬の色が混じっている。


「……お前のことは知ってるぞ。有名人だもんな。世界で最も親ガチャに成功した男、エリオット・ハルフォードだろ?」


 平泉は、エリオットに捕まれていた手首を強引に振りほどくと、手首をさすりながら嘲笑を浮かべた。

 彼の言葉には、持たざる者が持つ者へと向ける粘着質な敵意がこびりついている。


「隣の貧相な女にたぶらかされて、人助けの偽善者パフォーマンスか?いいご身分だな。噂で聞いたぜ。お前は本当は俺なんか比べ物にならないくらい、裏で悪どいことしてるんだろ?」


 根拠のない妄言。だが、平泉のような人間にとっては、自分が信じたいことが真実なのだろう。

 エリオットは呆れたように小さく肩をすくめ、やれやれといった表情で苦笑した。その余裕綽々とした態度は、平泉の苛立ちをさらに煽る燃料になる。


「黙って聞いていれば、言いたい放題だな。僕も君に聞きたいことが、いくつかあるんだが」


 エリオットの声は氷のように冷徹だった。しかし、平泉は怯むどころか獲物を見つけたハイエナのように目をギラつかせる。


「だったら賭けをしないか?タイマンで勝った方が負けた方に、自分のバックにいる組織の秘密を一つだけ白状する」


 平泉はボクサーのように脇を締め、ファイティングポーズをとった。そして、右手の人差し指をクイクイと挑発的に動かす。

 かかってこい、というジェスチャーだ。


 その構えは、素人目にも分かる格闘技の心得がある者の洗練された動き。平泉の自信は単なるハッタリではないらしい。


 対するエリオットは表情一つ変えずに上着を脱ぎ捨て、ワイシャツの袖を捲り上げる。その動作は優雅でありながら、どこか獰猛な獣が拘束具を外すような危険なオーラを放っていた。


 彼は右足をやや前に出し、いつでも蹴りを繰り出せる独特の構えを取る。重心を低くした隙のない立ち姿。


 エリオットの意図をくみ取ったエージェントたちは、無言のままでエリオットと平泉を遠巻きに囲み、即席の闘技場(ステージ)を作り出す。


「君は射撃の方が得意だと聞いたが……。いいだろう。その賭け、乗った」


 その言葉を合図に、周囲の空気が一気に張り詰めた。


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