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14-2 ヒモ男がやって来た

 午前三時。

 冷え込みが厳しくなった初冬の風が、歓楽街の路上のゴミを巻き上げて吹き抜けていく。


 岬やエリオットたちは、街に溶け込むためのワンボックスカーの中にいた。

 目的は言うまでもなく、一刻も早く平泉潤二郎を捕獲し、大洗千景を取り戻すことだ。

 彼らが待機している場所は、千景が働かされている雑居ビルの裏口から一本路地を隔てた駐車場。

 今夜も平泉は、必ず千景を迎えにここへ来る。


『ターゲット接近中。黒のスポーツカーです』


 イヤーモニターからオペレーターの声が響く。

 スモークガラス越しに外を見ると、路地から場違いに派手なエンジン音を響かせて一台の車が入ってきた。

 そのスポーツカーは、千景が出てくる雑居ビル裏口の傍に横付けされ、エンジンを切った。


「来た……」


 岬の呟きに合わせて、運転席の男が降りてくる。

 平泉潤二郎。

 岬と付き合っていた頃と変わらぬ風貌。髪はサイドをツーブロックに刈り上げ、トップにはパーマをかけている、ホストのような髪型。細身のスーツを着こなし、高級ブランドの腕時計や靴で全身を飾っているが、その所作には隠しきれない軽薄さが滲み出ている。

 彼は車のボンネットに腰掛け、苛立った様子で貧乏ゆすりをしながらスマートフォンをいじり始めた。


 数分後。

 裏口の扉が開き、千景が出てきた。

 彼女はステージ衣装から地味な私服に着替えているが、その足取りは幽霊のように頼りない。


「遅えよ」


 開口一番、平泉が吐き捨てた言葉は労いでも感謝でもなかった。

 千景がビクリと肩を震わせ、慌てて駆け寄る。


「ごめんね潤くん。着替えに手間取っちゃって……」

「チッ。こっちは忙しい中、迎えに来てやってんだぞ。待たせんなよ」

「うん、ごめんね……いつもありがとう」

「で?今日はいくら入った?」


 平泉は右手を差し出した。まるで自動販売機の釣り銭口に手を突っ込むような、無造作で当たり前のような仕草。

 千景はやせ細った手で鞄を探り、封筒を取り出した。


「これ……今日の分。チェキの売り上げが良かったから、いつもより少し多いの」


 千景の声は、褒めてほしいと願う子供のように必死だった。

 平泉は封筒を奪い取ると、中身をパラパラと確認して鼻で笑う。


「ハッ、たったこれだけかよ。お前、もっと上手くやれねえの? 俺の夢のために協力するって言ったのは嘘か?」

「ううん、違うの!頑張ったんだけど……」

「口だけだな、お前は。まあいい、乗れ。家まで送ってやる」


 平泉が助手席のドアを開ける素振りも見せず、顎で車を指す。

 千景は俯き、自分の足で助手席へ向かおうとした。


 その光景を見て、岬の全身の血が逆流した。

 何だ、あの態度は。

 かつての岬に対するモラハラよりも何倍も酷い。

 あれが恋人だと?

 ふざけるな。

 平泉は千景を人間として見ていない。自分専用のATM、あるいはそれ以下の集金装置として扱っている。


 怒りを押し殺して、岬はエリオットに確認する。

「……準備は完了したでしょうか?」

「ああ。既に半径二キロメートル以内にDIAの車両数十台とエージェントを十重二十重(とえはたえ)に配備済だ。そして、彼は自らこちらの網に飛び込んできた。もはや、我々の包囲網から逃げ切ることは不可能だ」


 岬は小さく頷くと、はやる気持ちを抱えたままスライドドアに手をかけた。


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