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13-3 残酷な真実の洗礼

 言葉が出なかった。

 理解したくなかった。

 なぜ? どうして千景(ちかげ)が?

 彼女は知っているはずだ。 私が平泉に何をされたか。 彼がどれほど最低な男か。 何度も相談に乗ってくれて一緒に怒ってくれた彼女が、何故?


 脳裏に千景の明るい笑顔が浮かぶ。

 私を励ましてくれた彼女が今、あの男の腕の中にいる。


「……もちろん君の友人は、当初は平泉を警戒していた。 だが、平泉は『岬に心からの謝罪をしたい。力を貸して欲しい』と彼女の情に訴えかけるような嘘を並べ立て、彼女の心につけ込み篭絡したようだ」


 エリオットの呻くような言葉に、視界がぐらりと揺れた。

 足元の床が抜け落ちて、底なしの暗闇へと落下していくような錯覚に陥る。

 私は椅子に座っていることさえ忘れ、その場に崩れ落ちそうになった。


「ミサキ!」

 エリオットが素早く立ち上がり、私の体を支えてくれた。

 彼の温かい体温が伝わってくるが、今の私には酷く遠いものにも感じられた。


「しっかりしろ! 息をするんだ」

「ち……かげ……」


 よりによって千景が。

 唯一の親友が、私の最悪のトラウマである男に食い物にされようとしている。

 いや、あの写真の親密さを見る限り、もう手遅れなのかもしれない。既に心も体も、あの毒蛇の毒に侵されているのかもしれない。


 平泉と千景が出会ったのは偶然なのか?

 それとも、平泉は私への当てつけのために敢えて私の親友に近づいたのか?

 もしそうだとしたら、私は――。


 吐き気がした。

 自分のせいで、大切な人を巻き込んでしまったかもしれないという罪悪感と同時に、平泉に対するどす黒い殺意が胸の中で爆発的に膨れ上がっていく。


 私は震える手でエリオットの腕を掴んだ。

 爪が食い込むほど強く。


「早く千景を……なんとか奴から引き離さないと……!」


 私は震える指先で、ポケットからスマートフォンを取り出す。

大洗千景(おおあらいちかげ)」の名が表示された連絡先の画面が、まるで救難信号のように見える。

 今すぐ彼女に電話をかけなければ。あの男の本性を伝え、目を覚まさせなければ。一秒の猶予もない。


「……待つんだ、ミサキ」


 通話ボタンをタップする寸前、私の手首が優しくも力強く掴まれた。

 エリオットだった。

 彼の手が私の焦燥にブレーキをかけるように、熱くなった思考を物理的に引き留める。


「離してください! 千景は……千景は今も騙されているんです! 私が言えば、彼女だって分かってくれるはず……!」

「いいや、逆効果だ」

 エリオットの声は氷のように冷徹で、それでいて私を案じる深い慈愛に満ちていた。

「残念だが、今の彼女は既に平泉の洗脳下にあると見るべきだ。 依存と支配のサイクルに組み込まれた人間に、外部から正論を突きつけても届かない。 それどころか『私たちの愛を邪魔する敵』として認識され、彼女はより深く殻に閉じこもってしまうだろう」


「っ……」

 私は言葉を詰まらせた。

 反論が出来なかった。

 なぜなら、かつての私自身がそうだったから。

 平泉と付き合っていた頃、心配してくれた友人たちの忠告を、私は「彼を理解していない部外者の戯言」だと切り捨てていた。彼だけが私の理解者だと信じ込まされ、孤立させられていた。

 今の千景は、あの頃の私そのものなのだ。


 エリオットは私の力が抜けたのを確認すると、ゆっくりと手を離した。

「厳しいことを言うかもしれないが、こういう時こそ冷静になるんだ。君はもう泣き寝入りするだけの被害者じゃない。復讐を遂行する司令官なんだ」


 その言葉が、負の感情の渦に飲み込まれそうになっていた私の意識を、向かい合うべき現実に引き戻した。

 そうだ。一時の感情に任せて動いてはならない。千景を救うどころか共倒れになる。


 私は深く息を吸い込み、肺の奥底に溜まった焦りを吐き出した。

 数秒の沈黙の後、顔を上げる。

 泣いている場合ではない。親友を救うためにも、私は非情で苛烈な戦乙女(ヴァルキリー)になるのだ。



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