13-2 君の親友は奴の毒牙に
私は身支度を整え、広尾の先導で地下のウォー・ルームへと向かった。
何度通っても、この場所の冷たく張り詰めた空気には慣れない。
十数名のオペレーターたちが無言でキーボードを叩く音だけが、BGMのように響いている。
司令官席には、いつものようにエリオットが座っていた。
私が部屋に入ると彼はすぐにモニターから視線を外し、こちらに向き直った。その表情は普段の柔和なものとは違い、どこか硬く見えた。
「おはよう、ミサキ。顔色が少し悪いようだが、よく眠れなかったかい?」
「おはようございます。いえ、大丈夫です。ただ……」
私は手にしたタブレットを軽く掲げて見せた。
「この調査資料を見ていたら、気分が悪くなってしまって。あの男の悪行三昧の記録なんて、朝から見るものじゃありませんね」
私の軽口にエリオットはあえて乗らず、沈痛な面持ちで頷いた。
「同感だ。DIAの分析官も報告書を上げながら、『反吐が出る』と漏らしていたよ」
彼は私に椅子を勧めると、すぐに本題に入った。
「早速だが現段階での平泉への復讐計画について、君の考えを聞かせて欲しい」
私は席に着き、頭の中で整理していたプランを言葉にした。
「はい。結論から言うと、水戸や古河の時と同じやり方は通用しません」
「理由は?」
「平泉の悪事は、あくまで相手の女性との密な関係の中で完結しているからです。彼が女性から金を借りるのも、暴言を吐くのも、全ては男女の関係性の中で行われています」
岬が広尾に目配せすると、モニターに平泉の相関図が映し出された。
「法的に見れば、それは単なる男女関係のもつれや金銭トラブルに過ぎません。警察も民事不介入で動かないでしょう。彼を公開の場で断罪するために必要な決定的な証拠を、外部から掴むことが極めて難しいんです」
DIAの盗聴技術やハッキング能力を使えば、彼がDVを行っている証拠や、女性を脅している音声データを入手することは可能だ。
だが、私のルールは「復讐は公開で行う」こと。
裏で手に入れた違法な証拠を突きつけるだけでは、仮に彼を法的に裁けたとしても、古河の時のような社会的な公開処刑にはならない。世間は痴話喧嘩として消費するだけで、彼の本質的な邪悪さを知らないままだろう。
「ですから、公開で復讐するには、順序を逆にする必要があります」
私はエリオットの目を真っ直ぐに見つめた。
「隠し撮りした証拠を出すのではなく、彼自身に公衆の面前でその本性を晒させるように仕向ける。彼が女性を道具として扱い、食い物にしている絶対悪であると、誰の目にも明らかな形で証明させるための舞台と枠組みが必要です」
「なるほど。まず毒蛇を巣穴から燻り出し、その後に衆人環視の中で毒を吐かせるわけか」
エリオットは顎に手を当て、思案顔で頷いた。
「その枠組みのヴィジョンを聞きたいところだが……」
そこで、エリオットの言葉が途切れた。
彼は言い淀むように視線を落とし、組んだ指に力を込めた。彼にしては珍しく躊躇いの表情を見せていた。
「……その前に、君に伝えなければならないことがある」
室内の空気が急激に重くなった気がした。
エリオットの纏う雰囲気が司令官としての冷徹さでなく、より個人的な悲痛さを帯びていたからだ。
「何ですか? 改まって」
私は努めて柔らかい語気で問い返した。しかし、心臓の鼓動は嫌なリズムで警報を鳴らし始めている。
「平泉について何か新しい事実でも? まさか、彼にも古河のような政治的なバックがいるとかですか?」
「いや、そうじゃない。そんな話なら逆にどれほど楽だったか」
エリオットは苦渋の表情で首を振った。
「裏取りが完了しておらず、君に渡した調査結果には未記載だったのだが……。つい先ほど、確定情報が入った」
彼はオペレーターに目配せをした。
メインモニターの画面が切り替わる。
そこに映し出されたのは、都内の繁華街を歩く二人の男女の写真だった。
一人は平泉潤二郎。
そして、その隣で彼の腕に幸せそうに絡みつき、笑顔を見せている女性。
その女性の顔を見た瞬間、私の思考は真っ白に凍りついた。
呼吸が止まる。
全身の血が逆流するような感覚。
「……嘘」
モニターに映っていたのは、大洗千景。
会社で孤立していた私を唯一支えてくれた同期。
私にとって唯一無二と言っていい、かけがえのない親友。
エリオットの声が、ひどく遠くから聞こえるようだった。
「平泉の毒牙にかかっている女性の中の一人に、君の友人……大洗千景がいることが判明した。先日から平泉と付き合い始めたようだ」




