12-3 究極で至高のバーガー
案内されたのは、大使館内のプライベート・ダイニングルームだった。
煌びやかなシャンデリアの下、真っ白なテーブルクロスが敷かれた長テーブルに、岬とガブリエルとエリオットの三人が着席する。
席に着き、すぐに運ばれてきたメインディッシュを見て、岬は目を丸くした。
「これが……ハンバーガー?」
目の前の金縁があしらわれた高級な皿に鎮座していたのは、彼女の知るファストフードとは次元の異なる物体だった。
高さは十五センチ近くあるだろうか。
こんがりと狐色に焼き上げられたバンズは、まるで焼きたてのブリオッシュのように艶やかで、ふっくらとしている。
その間には分厚いステーキのようなパティ、トロリとした黄金色のチーズ、そして瑞々しさに溢れた野菜たちが、芸術的なバランスで積み上げられていた。
「さあ、冷めないうちに召し上がれ。フォークとナイフを使ってね」
ガブリエルに促され、岬はおずおずとナイフを入れた。
サクッ。
するりと入ったナイフがバンズに触れた瞬間、信じられないほど軽やかな音がした。
そのまま刃を進めると、今度はパティから堰を切ったように肉汁が溢れ出し、皿の上に茶褐色の水たまりを作り出していく。
ひと口サイズに切り分け、口へと運ぶ。
その瞬間、岬の世界が反転した。
(……ッ!?)
ドカン!と脳髄を直接揺さぶるような衝撃。
噛み締めた瞬間、口の中に封じ込めていた旨味の爆弾が炸裂して、脳内のドーパミンが勢いよく噴出した。
なんだ? これは……。
粗挽きのパティは、ただの肉ではなかった。
噛むたびに、上質な牛の脂の甘みと熟成された赤身肉の野性味溢れるコクが、荒れ狂う奔流となって舌の上を駆け巡る。
それはまるで、広大な大草原を何万頭ものバイソンが地響きを立てて疾走しているかのような、圧倒的な生命力の暴走。
(く、苦しい……! 旨味の濁流に意識が溺れる……!)
ところが、その暴走を優しく受け止めるのが、この特製バンズ。
表面はサクサクと香ばしく、中はシルクのようにきめ細かくて、しっとりとしている。
噛めば噛むほど、小麦の甘い香りが鼻腔をくすぐり、荒ぶる肉の獣たちを、ふんわりとした雲の上でなだめて眠らせるかのように包み込んでいく。
そして、それら全てを統率するのが、このソース。
黒トリュフの芳醇な香りを纏ったデミグラスソースは、何日も煮込まれたであろう深みとコクがありながら、決してしつこくないテイスト。
濃厚なチーズの塩気、完熟トマトの酸味、シャキシャキとしたレタスの清涼感。
それら全ての食材が口の中で、オーケストラの交響曲のように完璧な調和を奏でている。
(あぁ……見える……!)
岬は、咀嚼しながら恍惚とした表情で天井を仰いだ。
瞼の裏に金色の麦畑が広がっていく。
全身の全ての細胞が「美味しい!」と歓喜の歌を合唱し、指先まで痺れるような快楽が、寄せては返す波のように繰り返し駆け巡っていく。
これは食事ではない。超常体験だ。
一口ごとに魂が浄化され、ふわりと天国へと昇っていくような極上の味覚体験。
(こんな……こんなに美味しい料理、生まれて初めて……!)
あまりの美味しさに、目尻から涙が溢れた。
しかし、ここで突然に過去の記憶がフラッシュバックする。
星霜フロンティア社で働いていた頃の、殺伐とした昼休み。
デスクでパソコンに向かいながら、急いで胃に流し込むだけのコンビニおにぎり。
給料日前は、申し訳程度の具しか入っていないインスタントスープと、パサパサのプロテインバー1本だけの食事が当たり前だった。
味なんて二の次だった。ただ空腹という痛みを誤魔化し、動くためのカロリーを摂取するだけの作業でしかなかった。
あの頃の食事には、色も匂いも喜びもなかった。
それが今は、どうだ。
世界一の権力者たちとテーブルを囲み、世界一美味しいハンバーガーを食べている。
あの頃の人間味のない食生活が、まるで前世の出来事のように遠く感じられた。
「ふふっ」
岬は口元のソースをナプキンで拭いながら、自然と笑みをこぼしていた。
生きている。
美味しいものを食べて、幸せだと感じる心がある。
私は、まだ喜びを受け止めて表現できる人間として、生きているんだと実感する。
「いい笑顔だ、ミサキ」
ガブリエルが、自身のハンバーガーを豪快に頬張りながら、目を細めて言った。
「やはり、美味い食事は人を幸せにするな! どんなに辛いことがあっても、腹が満たされれば再び戦う力が湧いてくるものだ」
「はい! 本当にそうですね!」
岬は深く頷いた。
お腹の底から力が湧いてくるのが分かる。
この温かい食事と二人の優しさは、今後の戦いへの活力を与えてくれた。




