12-2 ミサキ・ミーツ・ガブリエル
ウォー・ルームの巨大モニターの前。
岬たちが「#須磨ぴょん」というふざけたハッシュタグのトレンド制圧状況を監視していると、入口の自動ドアが開いた。
その瞬間、室内の空気が一変した。
作戦遂行中の鋭利な緊張感とは違う、もっと巨大で圧倒的な何かが、部屋の酸素濃度を塗り替えてしまったような感覚。
「待たせたね。こうして直接会うのは初めてだね、ミサキ」
低いがよく通る声。
やって来たのは世界最強の権力者、ガブリエル・ハルフォード大統領だった。
身長は二メートルに迫りそうな程の巨躯。テレビやネットの画面で見るよりも、実物は遥かに大きく感じられる。
しかし、単に身体が大きいだけではない。彼が纏っている雰囲気が、視界を埋め尽くすほどに巨大なのだ。
穏やかな表情を浮かべているのに、その瞳の奥底は、まるで広く深い深海のような情熱が秘められているように思えた。
全身から立ち昇る隠しきれないオーラに、岬は思わず息を呑んだ。
岬は、ゆっくりと顔を上げて、その長身を見上げた。
エリオットと同じ、しかし彼よりもさらに深く長い年月を経て研磨されたブルーサファイアのような瞳が、岬を真っ直ぐに射抜いていた。
「……お初にお目にかかります。滝乃川岬です」
震えそうになる声を必死に抑え、気丈に挨拶をする。
すると、ガブリエルは破顔した。場を占拠していた威圧感は瞬く間に霧散し、春の陽だまりのような温かさが満ちていく。
「改めて礼を言わせてくれ。我が息子……エリオットを救ってくれてありがとう」
ガブリエルは大きな掌を差し出し、岬の手を包み込むように握手をした。
その手は分厚く温かく、そして力強かった。
そこには世界の運命を握る冷徹な指導者の顔ではなく、愛する息子が無事であったことに安堵する、一人の父親の素顔があった。
「いえ、お礼を言うべきは私の方です。大統領……いえ、お父様やエリオットさんには命を救ってもらい、様々なサポートまでしていただいて……お世話になりっぱなしです」
岬が恐縮して頭を下げると、ガブリエルは豪快に笑い声をあげた。
「なあに、大したことじゃないさ。君は慎み深い人だな。我々はもう家族なんだ。もっとフランクにしてくれて構わないよ」
「は、はい……」
世界最強の男に「フランクにして」と言われて「はいそうですか」と即答できる人間など、この世に何人いるだろうか。
そんな岬の戸惑いを察してか、エリオットが一歩前に進み出た。
「父さん。彼女をあまり困らせないでくれ。彼女は、まだこのような状況に慣れていないんだ」
エリオットは岬を庇うように横に並び立つと、真剣な眼差しで父を見つめた。
「数々のオペレーションを経て知ったけど、ミサキは芯が強く、物凄く聡明な女性だよ。彼女の胆力と行動力には、僕も驚かされている」
その言葉に岬の胸がトクンと高鳴った。
ガブリエルは息子の熱のこもった言葉を聞くと、ニヤリと口の端を吊り上げた。
その瞳が悪戯を思いついた少年のように輝く。
「ほう? お前がそこまで人を褒めるとは珍しいな」
ガブリエルはエリオットと岬を交互に見比べ、意味深に頷いた。
そして、突然に日本語でなく英語で息子に話しかける。
『言っておくがエリオット。形式上とは言え、お前は兄でミサキは妹だからな』
『……?』
『ちゃんと弁えろよ? ”実妹”でなく”義理の妹”だからと言って、彼女との距離感を誤るんじゃないぞ』
からかうようにニヤニヤと笑う父に対し、エリオットの頬がみるみるうちに赤くなっていく。
『なっ、何だよそれ! 僕はいつも弁えているつもりだ!』
『どうだかなぁ。お前のミサキを見る視線は、父親から見ても相当な熱を感じたが?』
『父さん!』
英語を聞き取れない岬には、彼らの会話内容はよく分からない。
分かっているのは、世界を動かす二人の男が普通の親子のように、他愛のないことで楽し気に言い争っているだろうということ。
その光景は今の岬にはとても微笑ましく、眩しかった。
「よし、難しい話は後だ。ディナーにしよう」
ガブリエルは、パンと手を叩いて話題を切り替えた。
「ここの大使館のシェフが作るハンバーガーは美味いんだ。ミサキ、君も腹が減っているだろう? 一緒に食べよう」
「え、ハンバーガーですか?」
「ああ。アメリア人の魂フードだ!」
子供のようにはしゃぐガブリエルに、やれやれといった表情のエリオットが肩をすくめる。
岬は、先導してダイニングルームへ向かう二人の背中を見つめながら、胸の奥がじわりと温かくなるのを感じた。
(いいなぁ……)
これが家族。
互いに信頼し合い、冗談を言い合い、同じ食卓を囲む存在。
ふと、母・美里の顔が脳裏に浮かんだ。
この復讐劇が全て終わり、本当の意味で自由になれたら。その時は、また母と二人で笑い合いながら一緒に食事をしたい。
そう、強く願った。




