11-4 人権は超法規的措置より軽い
古河が部屋の外へ飛び出そうとした瞬間、部屋になだれ込んできたのは黒いスーツの男たちだった。
彼らは一律に無表情で、体に纏う空気はこの施設の警備員とは明らかに違う。公安か、あるいは逆に裏稼業を生業とする者たちか。彼らの冷たく乾いた気配が部屋の室温を一気に下げる。
「な、なんだテメエら!人の部屋に勝手に入って……」
古河の喚きを意に介さず、先頭に歩み出た指揮役らしき男は感情の欠落した声で静かに告げた。
「古河達哉。超法規的措置により、あなたの身柄をこれよりアメリア連邦国へ引き渡します」
「はぁ!?」
古河は、男の言葉が理解できず、間の抜けた声を上げた。
アメリア?引き渡し?超法規的措置?
日本という法治国家で、そんな人権を無視したデタラメが許されるはずがない。
「何を言ってんだ!俺は被害者だぞ!それに俺のバックにいるのは岸波文男だ!伯父貴の許可は得たのかよ!?」
男は眉一つ動かさず、淡々と事実だけを突きつける。
「これは須磨総理じきじきの命令です。岸波氏の意向は考慮されません」
「なっ……!」
何かの間違いだ。俺が捕まると知れば、伯父貴はあらゆる手を尽くして助けてくるはずだ。
俺は伯父貴の汚れ仕事を請け負ったこともあったし、資金源にもなってやった。見捨てるはずがない。
「連行しろ」
指揮役の男の短い指示で、黒スーツたちが一斉に古河に群がった。
抵抗する間もなく両脇を抱えられ、腕を背中にねじ上げられる。
「痛ぇ!離せ!人権侵害だ!弁護士を呼べ!俺と伯父貴が懇意にしてる飛鳥山弁護士を今すぐ!」
「お伝えした通り超法規的措置です。弁護士も、この件に関して関与できません」
男たちは古河の言葉に全く耳を貸さない。
話が通じない。
彼らは古河を一人の人間として見ていない。処分すべき「障害物」としてしか認識していないのだ。
その事実に気づいた瞬間、古河の心臓の鼓動が激しくなった。
己を支える者が全ていなくなり、足元が砂のごとく崩れ落ちるような感覚が走る。
「いやだ……嫌だ!助けてくれぇ!誰か伯父貴を!岸波文男を呼んでくれぇぇぇ!!」
古河は喉が裂けんばかりに絶叫した。
しかし、その声に応える者は誰もいなかった。
先ほどの女性職員も、廊下で古河の叫びを聞き部屋の入口まで来た党関係者も、見て見ぬふりを決め込んで足早に遠くへ去っていく。
カチャリと無機質な音が部屋に響いた。
手首に食い込む、逃走防止用の手錠の感触。
それは、もはや彼が客人ではなく、排除されるべき罪人に堕ちたことを告げる決定的な瞬間だった。
「連れて行け」
古河はズルズルと床を引きずられながら、建物の外へ向かって連行されていった。




