11-2 火消しには新たな火種を
ディール成立。
ガブリエルは、ふっと表情を緩めて座席に深く体を預けた。
『ただし、大統領閣下。法的な整合性を取る必要があります。犯罪人引渡し条約に基づいた正式な手続きで進めたく……』
「おいおい、冗談はよしてくれ」
ガブリエルは、呆れたように苦笑し、言葉を遮った。
「私は古河を”即刻”引き渡すように頼んだはずだが? 面倒な手続きも裁判所の審査も無用。今すぐ彼の身柄を差し出すんだ」
『むっ……無茶です! それでは全く前例のない超法規的措置になってしまう!』
「既に民自党本部前には、私の息子と部下たちが待機している。私もこのまま永田町へ向かうつもりだ。裏口からこっそりとでも構わない。速やかに古河を譲ってくれ」
それは国家に対する明らかな内政干渉であり、主権侵害だった。
しかし、彼を止められる者は、もはやこの国に存在しない。
「なあに、悪いようにはしないさ」
ガブリエルの声色が、急に猫撫で声のような優しいものに変化する。
「新宿では少々やり過ぎたかも知れないがね。私は古河という男に『心からの謝罪』をして欲しいだけなんだ。親心というやつさ、分かってくれるね?」
嘘だ。
須磨も察している。口先の謝罪だけで終わるはずがない。
だが、もう賽は投げられたのだ。
『……分かりました。警視庁と警察庁の警備局には、私から手を回しておきます。彼が党本部の敷地外へ出たら、身柄を押さえてください。以後の彼の取り扱いについては、そちらに一任します』
須磨の声には、もはや覇気のかけらも残っていなかった。
『それと新宿の件ですが……マスコミへは官邸から各所へ根回しし、早急に報道を鎮静化するよう忖度させます。テロ対策訓練の一環、あるいはガス爆発事故といったシナリオを作って』
「よし。では、SNSやネット世論の消火は我々が対処しよう」
ガブリエルは満足げに語気を強めた。
「世界のITインフラの中枢は、今も我が国が握っている。火消しは容易いことだ。まず鎮火の妨げとなる投稿やアカウントは適宜削除させる。さらに新宿の件以上にセンセーショナルな話題……例えば世界的な歌姫の不倫スキャンダルや、インフルエンサーで億万長者の男が子供の人身取引に関与したといった噂をバラ撒く。新しい刺激を求める大衆は、新宿の出来事など直ぐに忘れるさ」
情報操作と隠蔽。
二人の首脳が電話一本で、ネットに拡散した無数の目撃情報を「無かったこと」にする密約を交わす。
世界を動かす力が、日本の中枢に顕現する。
『ありがとうございます。それでは、その段取りで行きましょう』
力なく通話を切ろうとする須磨に対し、ガブリエルは満面の笑みで告げた。
「OK。プライムミニスター須磨。君の賢明な判断に感謝するよ」
ガブリエルは通話を切ると、窓の外に見えてきた国会議事堂に向かって呼びかけた。
「It's time for justice!」(さあ、正義の時間だ!)




