10-1 Waiting for You
国政の中枢、永田町。
国会議事堂の間近にある一等地に、巨大な要塞のごとく鎮座する民自党本部の建物。
その周辺の道路には、異様な緊張感が漂っていた。
寸分違わず等間隔で駐車している、数台の黒塗り高級セダンと大型SUV。
車体にはアメリア大使館のナンバープレートが掲げられ、スモークガラスの向こうには訓練されたDIAのエージェントたちが息を潜めている。
それは、獲物が巣穴から出てくるのをじっと待つ、狩人の群れのようだった。
その中の一台の後部座席に、滝乃川岬は座っていた。
隣席にはエリオット・ハルフォード。運転席には古河の追跡を中断し、ここに駆けつけた広尾さや。
車内の空気は、上空の青空とは対照的に張り詰めている。
「……静かですね」
岬は、窓外の景色を見つめながら呟いた。
警備員が巡回する民自党本部の施設は、高く分厚いコンクリートの壁に囲われ、中の様子を窺い知ることはできない。
あの壁の向こうに、おそらく古河達哉がいる。
「嵐の前の静けさだよ」
エリオットが、手元のタブレット端末からサインアウトしながら答える。
ちょうど今、DIAやアメリア軍、そして父ガブリエルに帯同する側近らを集めたオンライン・ブリーフィングが終了したらしい。
「父ガブリエルが先ほど横田基地に到着し、今は都心に向けて専用車で移動中だ。現在は車中で須磨総理との極秘会談を行っているはずだ」
彼は、こともなげに言った。
世界最強国家の大統領が、一人の詐欺師を引きずり出すために緊急来日し、総理大臣と交渉している。
そのスケールの大きさに、岬は改めて戦慄する。
「今日中、いや、あと二、三時間以内にはケリがつくだろう。古河は、あの施設から放逐される」
「そんなに早く放り出されるでしょうか?」
「ああ。民自党にとって古河達哉の存在は、既に守るべき身内ではなく、政権を揺るがす爆弾と化している。彼らは自分たちの保身のために、喜んでトカゲの尻尾切りを選ぶ」
エリオットの口調は確信に満ちていた。
そこには父親への圧倒的な信頼と、権力の非情さを熟知している者だけが持つ冷徹な響きがあった。
「申し訳ございません」
運転席の広尾が悔しさを滲ませた声で言った。
「我々のチームが、新宿で古河を取り逃がしていなければ……。大統領閣下の手を煩わせることもありませんでした」
「気にする必要はない」
エリオットは、優しくも力強く広尾を制した。
「君たちはよくやったよ。それにミサキの話によれば、奴は『一度見た顔は忘れない』という特異な能力を持っていたそうだ。それに加えて、あのビルには図面にもない古河専用の脱出ルートが隠されていた」
彼は、隣に座る岬に視線を向けた。
その深い青色の瞳には岬を責める色は微塵もなく、ただ温かい励ましの光が宿っているように感じられた。
「我々は、古河達哉という男を単なる『コネと口先だけの詐欺師』として過小評価していたようだ。この読み違えは、司令官である僕の責任でもある」
「エリオットさん……」
岬は膝の上で拳を握りしめた。
彼の優しさに甘えてばかりはいられない。
これ以上、絶対に失敗できない。
「ここで待っていて、本当に古河は現れるでしょうか?」
不安を押し殺して岬は尋ねた。
「あの男のことです。政治家の伯父や須磨総理に働きかけて、何らかの抜け道を探すのでは……?」
「その心配はないよ」
エリオットは、ふっと口元を緩めた。
「僕の知る限り、父ガブリエルは大統領になる以前の実業家時代から、ディールで負けたことがない。欲しいものは必ず手に入れる男だ。たとえ交渉相手が一国のトップであってもね」
彼は肩をすくめてみせる。
「父と交渉する須磨総理には、ちょっと同情してしまうよ。父の要求を断れる人間なんて、この地球上にいないからね」
冗談めかした口調だが、その言葉には揺るぎない確信と重みがあった。
岬は、古河が引きこもっている民自党本部ビルを、再び睨みつけた。
今度こそ逃がさない。
必ずあの地下室へ引きずり込んでやるという決意を込めて。




