9-9 大統領と首相のディール
その頃。
東京都内、アメリア軍横田基地の滑走路に、重厚なエンジン音と共に巨大な航空機が着陸した。
白と青に彩られた、世界で最も有名な大統領専用機『エアフォース・ワン』。
エアフォース・ワンにタラップ車が架設され、機内から一人の男が姿を現した。
アメリア連邦国大統領、ガブリエル・ハルフォード。
急遽、彼は外遊予定を変更して、この日本へと飛んできたのだ。
「閣下。首相官邸とのホットライン、繋がっております」
タラップを降りたガブリエルの元へSPが駆け寄り、専用スマートフォンを差し出す。
ガブリエルは端末を受け取ると、歩きながら通話を開始した。
その表情に、いつもの陽気な父親の面影はなかった。
「ああ、須磨首相か。突然ですまない。つい先ほど新宿で、私の娘に暴力をふるって拉致しようとした愚かな連中がいてね。少しばかり荒療治だったが、躾させてもらったよ」
ガブリエルの声は、常に自分が絶対的な正義の側であるという自信に満ち溢れていた。
『……新宿の件、ちょうど今聞きましたよ。貴国の軍隊がビルに突入して占拠、死傷者も多数出ている。現場周辺には警察、消防、救急、そしてマスコミが大挙して押し寄せて大混乱だ!これは一体どういうことですか、大統領閣下!』
ガブリエルには、電話の向こうで日本の総理大臣が激高しているのが、手に取るように分かった。
「怒っているのは私だよ」
ガブリエルは、通称『ビースト』と呼ばれる大統領専用リムジン『キャデラック・ワン』に乗り込みながら、冷酷に告げた。
彼はリムジンの窓から、いずこかへ離陸していくアメリア空軍機の機影を見つめていた。
「我が娘を襲った主犯の古河達哉は、元総理で政界のフィクサーたる岸波文男の甥。つまり、君のボスの身内だ」
ガブリエルは、不敵な笑みを浮かべた。
「そして我が国の諜報機関は、その男の数十万人規模の詐欺行為や、岸波の政治資金規正法違反など、数々の違法行為についての動かぬ証拠を手に入れている」
『……!』
ガブリエルのスマートフォンから、須磨総理が息を呑む音が聞こえた。
「選択肢は二つ」
ガブリエルは最後通告を叩きつける。
「このまま古河を匿い続けて、岸波文男や君が所属する党の不正、違法行為の全てを全世界に公表されるか」
「あるいは――」
「古河の身柄を即刻、我が国に引き渡すかだ。三十分待つ。誠意ある回答を期待している」
世界最強国家のトップによる、恫喝という名のディールが始まった。




