9-8 逃走先は永田町
44階は完全に制圧された。
血と煙の臭いが充満する会場には、拘束された上級信者たち、全身に銃弾を浴びせられ物言わぬ骸と化した側近たちが、無造作に床に転がされている光景が広がっていた。
特殊部隊員たちは武器を構え、次の指令を待ち警戒を続けている。
その凄惨な光景のまっただ中で、岬は、ただ一人、立ち尽くしていた。
詐欺の証拠はつかめず、古河には正体がバレた。下手をすれば殺されていたかもしれない。
アメリア連邦の武力という最終手段を使って窮地を逃れたが、この作戦は失敗だろう。
様々な感情が、ぐちゃぐちゃになって胸に押し寄せる。
その時、DIAが制圧したエレベーターから、エリオットがSPを伴い、息を切らして会場に駆け込んできた。
「ミサキ!」
彼は、周囲の惨状や転がる信者たちには目もくれず、岬の元へと真っ直ぐに走ってきた。
「無事か!怪我は!?」
彼が、岬の肩に手をかけようとした瞬間。
岬は、気づけば自分から動いていた。
恐怖、安堵、そして古河を取り逃がした悔しさ。
それらが綯い交ぜとなった感情の奔流が、彼女の理性を吹き飛ばした。
岬はエリオットの胸に顔を埋め、両腕を回して強く抱き着いていた。
まるで悪夢を見た子供が、目覚めて親にすがりつくように。
「エリオットさん……!」
エリオットは、その行動に一瞬驚いたが、すぐに岬の震える体を優しく力強く抱きしめ返した。
今この瞬間だけは、彼は司令官でも大統領の息子でもなく、一人の女性の想いを受け止める一人の男性だった。
「……本当に無茶し過ぎだよ」
彼は、まるで宝物を慈しむかのように岬の髪を優しく撫でながら、柔らかな声で囁いた。
「だけど、無事でよかった。本当によかった……!」
その温かい胸の中で、岬は堪えていた涙が静かに頬を伝うのを、止めることができなかった。
「ごめんなさい。詐欺の証拠をつかめずに、ひどい迷惑をかけてしまって……」
エリオットは、大丈夫だと告げて微笑んだ。
「つい先ほど、ファロから連絡が入った。彼が詐欺の証拠を押さえたそうだ。そして、古河は逃走中だが、側近の鶴ヶ島の身柄を拘束して、今は例の部屋へ移送中……」
ここで、インカムに広尾からの連絡が入った。
「エリオット様、岬様、申し訳ありません。追跡していた古河の姿を見失いました。首都高のどこかで車を降りて姿を消したようです。今、逃走車両には彼の部下しかいません。僭越ながら、緊急でアメリア軍に都心を交通封鎖するよう依頼すべきでしょうか?」
エリオットは、冷静な指揮官の表情に戻っていた。
「いや、そこまでする必要は無い。追跡は中止。君たちは撤収してくれ。都心封鎖という派手なやり方、個人的には嫌いじゃないが、これ以上派手にやると、さすがに後始末が大変だからね」
「それに……逃走先の見当はついている」
エリオットの自信に満ちた言葉に驚き、岬が目を見開く。
「分かるんですか? ひょっとして、人工衛星で古河を追跡しているとか……?」
「その方法で逃走先を推定するのも、選択肢としてはありだ。しかし、古河達哉という男が、最も頼り拠り所としている人間や組織がある場所。そこに奴は転がり込む」
エリオットは一度言葉を切った後、答えを示した。
「古河が逃げこむ場所。それは岸波文男や古河の父親の牙城、永田町にある民自党本部だ。ここからの距離は約六キロ。奴の自宅よりも近く、安全な場所だ」




