9-7 暗躍するファロ
ビルがアメリア連邦国の圧倒的な武力によって制圧されていく、その混沌のさなか。
会場の隅にあるビュッフェ台の近くで、いかにもこの場の雰囲気を楽しんでいるかのように、優雅にグラスを傾けていた黒スーツの男が、ようやく静かに動き出していた。
DIAの長期潜入捜査官、コードネーム『灯台』こと神崎だ。
(まったく、派手にやりやがる)
神崎は内心で舌を巻きながらも、表情には一切の動揺を表さず、混乱に乗じて会場の壁際を滑るように移動する。
彼の目的は、古河の逃走経路とは真逆。ビルの最上階、ごく限られた者だけが立ち入りを許される古河の私室だった。
特殊部隊の突入は、古河たちの注意を44階に引きつけるための陽動でもあった。彼の本命は、古河の私室のどこかにに隠しているであろう、詐欺の証拠データだ。
最上階へ移動し、ロックされたドアを長年の潜入活動で入手した専用カードキーで、即座に解錠する。
室内は一見すると、酒や機材が雑然と置かれた倉庫のような部屋。だが、その奥の壁が隠し扉になっていることを、神崎は知っていた。
神崎は迷うことなく、隠し扉の奥へと入る。
そこは所狭しと並んだサーバーラック群が青い光を放つ、小規模なデータセンターだった。
「……これだ」
神崎は、懐から取り出した特殊なハッキング用アプリを格納したUSBデバイスを、メインサーバーのコンソール脇のポートに接続した。
凄まじい速度でサーバからデータが抜かれ、デバイス内のストレージにコピーされていく。
コガコインの全取引内容。数十万人に及ぶ信者の個人情報リスト。そして、古河の伯父で元総理の岸波文男の政治団体へ、コガコインの収益の一部が政治献金として流れていることを示す、裏帳簿データ。
それらは、古河達哉の詐欺行為と岸波文男の政治資金規正法違反を立証する、動かぬ証拠の全てだった。
数十秒後。コピー完了の通知音が鳴る。
神崎はデバイスを引き抜くと、インカムのスイッチを入れた。
『エリオット様、こちらファロ。必要な証拠は全て取得しました。これより脱出します』
一方、地上では。
ビルを包囲していた黒塗り車両の中の一台から、緊迫した表情の広尾さやが、インカムで現地指揮を執っていた。
「何ですって!?目標が地下から逃走!?」
古河が隠しエレベーターで地下深くの隠し駐車場まで移動し、そこから車でビル外へ逃げたという情報が、管理室を制圧したDIAチームから入ったのだ。
「第3班、第4班、大至急で追跡を!目標は黒の高級セダン!ナンバーは……クッ、これは偽造プレートか!今から偽造ナンバーを伝える!絶対に取り逃がすな!」
広尾が乗る車両も追跡部隊に加わり、猛然とタイヤを軋ませて追跡を開始した。




