9-3 見破られた正体
ゴンドラが、ゆっくりとステージの横に着地する。
スモークが焚かれ、派手なロックミュージックが大音量で鳴り響く中、古河達哉は、まるでロックスター気取りで、ゆっくりと壇上に足を踏み入れた。
身に着けているのは、悪趣味な光沢を放つ黒いスーツ。胸元には、これ見よがしに巨大な宝石が輝いている。
「いやー、悪い悪い!本当は来るつもりなかったんだけどさ、お前らが、俺抜きで盛り上がってるって聞いたら、いてもたってもいられなくなってよぉ!」
古河が手を振るたびに、女性信者たちは「キャー!」と甲高い悲鳴を上げる。
その光景は、岬が知る高校時代とは、比べ物にならない程の巨大な熱狂を生み出していた。
(なんて最悪のタイミング……)
岬は、壇上の隅で、必死に自分の存在感を消そうとしていた。
スポットライトは、今や古河一人を照らしている。このまま、すぐにステージから降りて参加者の中に紛れれば……。
「おっと」
だが、その企みは、古河の一声によって、あっさりと阻止された。
「そこのお嬢さん、どこ行くんだよ」
古河の目が、暗がりの中で岬を正確に捉えた。
再び、スポットライトが二つに増え、古河と岬を同時に照らし出す。
「あんたが、噂の『ブラッディマリー33』ちゃんだろ?いやー、先日はマジであざっした!」
古河は下品な笑顔を浮かべ、岬に歩み寄ってきた。
「せっかくだからさ、このステージで俺とちょっと話ししようぜ!2000万も献上してくれた、お得意様だからな!」
その言葉に呼応して、信者たちが「ヒューヒュー!」と囃し立てる。
(どうしよう……逃げられない)
岬は覚悟を決めた。
こうなれば、最後まで「荒川未沙」を演じ切るしかない。
「えー!古河様、ご本人ですかぁ!?ヤバい、マジで夢みたい……!」
岬は両手を胸の前で合わせ、わざとらしくキャッキャと喜んでみせた。
「ハハッ、夢じゃねえよ」
古河は岬の反応に満足そうに頷くと、司会者からマイクを受け取った。
「しかし、ブラマリちゃんさぁ」
古河は粘着質な視線で、岬の頭のてっぺんから爪先までを舐め回すように見た。
「マジで金持ってんだな。そのスウェットも限定コラボのヤツだろ?俺も欲しかったけど、即完売で買えなかったんだわ」
「へへ、パパに買ってもらいましたぁ」
「パパねぇ。なるほどな」
インタビューと称した尋問が始まった。
どこに住んでるのか。普段は何をしているのか。
岬は、広尾たちと事前に打ち合わせていた「荒川未沙」の設定を崩さずに、淡々と演じ続けた。
「港区のタワマン住みですぅ」
「普段はぁ、親の金で買い物したり、エステ行ったり?」
金銭感覚が麻痺した、世間知らずの富豪の娘。古河が最もカモだと確信するであろう人物像。
古河は「へえ」「すげえな」と相槌を打ちながらも、その目の奥は一切笑っていなかった。
彼は、荒川未沙を信用していない。彼は、目の前の女を試しているのだ。
岬の背中に、冷たい汗が一筋流れた。
心臓が警鐘のように激しく脈打つ。
演じろ。演じ続けろ。ボロを出すな。
「……そっかそっか。いやー、すげえわ」
古河は、一通り質問を終えると、満足したかのように頷いた。
「マジで、あんたみたいな人が俺のファミリーになってくれて、俺は嬉しいぜ。これからもガンガン応援してくれよな!」
「もちろんです!古河様、だぁい好き!」
岬が、アンニュイな笑顔でそう返した時だった。
古河が、ふと何かを思い出したかのように、指を鳴らした。
「そうだ。ブラマリちゃん」
彼の声のトーンが、それまでとは打って変わって、地を這うように低くなった。
会場の空気が急速に凍りつく。
「最後に一つだけ、質問してもいいか?」
「はい?」
「俺さぁ」
古河は、ゆっくりと岬に顔を近づけてきた。
「俺さ、一度見た人間の顔は絶対に忘れねえんだわ」
ぞわり、と。
岬の全身の産毛が一斉に逆立った。喉がカラカラに渇いていく。
古河は岬の耳元で、信者たちには聞こえない小声で囁いた。
「お前、本当は」
そして、彼はマイクを再び口元に戻し、会場全体に響き渡る声で言い放った。
「滝乃川岬、だろ?」
時が、止まった。
会場の参加者たちは、何が起きたのか理解できず、困惑の表情でステージ上の二人を見つめている。
スポットライトが、容赦なく岬の顔を照らし出す。
岬の内心は、激しく動揺していた。
(バレた!?)
(なぜ?髪も変えた!眼鏡もしてる!演技も完璧だったはず!)
「俺を欺くつもりなら、顔の整形くらいしてこねえと」
古河はマイクを通して、楽しそうに続けた。
「……高校ん時と、まんま同じツラじゃねえかよ。舐めやがって。それによ、いくら調べても荒川未沙の素性は不明、乗りつけた車のナンバーを運輸局のデータベースに照会しても該当無しなんだぜ?最初から怪しさ満載だっての」
岬の中で、何かが砕け散る音がした。
古河は勝ち誇ったような、下品な笑みを浮かべていた。
その顔は、高校時代に岬を嘲笑っていた時と変わらない、醜悪な捕食者の笑みだった。




