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9-2 ラスボスはゴンドラがお好き

 鶴ヶ島が降壇し、会場の興奮が冷めやらぬ中、司会者が再びマイクを握った。

「さて、皆さん!この会場に、実はとんでもないスペシャルゲストが来てくれているのを知っているか!?」


 その言葉に会場が「え?」「誰?」と、ざわめき始める。

 岬の心臓がドクンと嫌な音を立てた。


(まさか……!)


 スポットライトが、会場内をめまぐるしく徘徊し、やがて会場の隅で息を潜めていた岬の姿を、正確に捉えた。

「そう!前回の配信で彗星の如く現れた、我らが新しいファミリー!コガコイン2000万購入!投げ銭総額100万超え!あの『ブラッディマリー33』様だ!」


 ウオオオオオ!という地鳴りのような歓声と共に、会場にいた全員の視線が一斉に岬へと突き刺さった。

 好奇、嫉妬、期待。何より金蔓に対する露骨な媚び。数十人分の生々しい感情が、洪水のように岬に押し寄せる。


『岬様、落ち着いてください。想定内の演出です』

 耳の奥で、広尾の冷静な声が響いた。

『これまでのやり取りで、あなたの存在はすでにSランクに認知されている。彼らがあなたをカモとして持ち上げ、他の信者への当てつけと、さらなる搾取のために利用するのは当然の流れです』


『プラン通り、ここは「荒川未沙」を演じ切ってください』


 岬は内心の動揺を押し殺し、ゆっくりと息を吸った。

 大丈夫。今の私は荒川未沙だ。


「ブラッディマリー33様!どうぞ、ステージへ!」

 司会者に促され、岬は気怠そうに、しかし満更でもないといった表情で、ステージに向かって歩き出した。


 壇上に上がり、マイクを受け取る。

「えっと、ブラッディマリー33ですぅ」

 わざと語尾を伸ばし、少し舌足らずな頭の弱そうな声色を作る。

「この間の古河様の配信、マジ神すぎて、マジやばかったんでぇ。気づいたら、めっちゃ投げ銭してましたぁ」


 その瞬間、会場の空気がふっと緩んだ。

 信者たちの顔に浮かんだのは「こいつは本物だ。本物の頭のネジが緩んだ金持ちだ」という、侮りと安堵だった。


「コガコインも、なんか、めっちゃ儲かるって聞いたんでぇ、とりあえず2000万、買ってみましたぁ!これで私も、勝ち組になれますかぁ?」

 小首を傾げ、無邪気に問いかける。

 その完璧なカモムーブに、会場は爆笑と歓声で包まれた。

「なれるに決まってるだろ!」

「ブラマリちゃん、最高!」

「俺の嫁に来い!」


 岬は完全に荒川未沙を演じ切っていた。

 Sランクの側近たちも、ステージ袖で満足そうに頷いている。これで、彼らの警戒心はほぼ解けただろう。


「ありがとうございまーす!私、もう降りていいですかぁ?」

 岬が、気怠そうにステージを降りようと一歩踏み出した、まさにその時だった。


 ドン!という重低音が響き、会場のすべての照明が、突然に暗転した。

「きゃあああ!」

「な、何だ!?」

 信者たちの悲鳴と困惑の声が、暗闇の中で響き渡る。

 岬も壇上で足を止め、暗闇の中で身構えた。


(何……?)


 その時、天井の一点に強烈なスポットライトが灯った。

 信者たちの視線が、一斉にそこへ集まる。

 そこには――天井から吊り下げられた、まるで王の玉座のような、けばけばしい装飾のゴンドラが、ゆっくりと降りてくるところだった。


 そして、その玉座に、ふんぞり返るように座っている男の姿。

「よぉ!俺の『選ばれしファミリー』たち!待たせたな!」

 高校時代と何も変わらない、人を小馬鹿にしたような、自信過剰な声。


「「「古河様あああああああああ!」」」


 この日一番の鼓膜が破れそうなほどの絶叫が、フロア全体を揺るがした。


 ラスボス、古河達哉。

 ビデオメッセージだけではなかった。オフ会には来れないと言っていたカリスマ本人が、サプライズゲストとして降臨したのだ。


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