9-1 コバンザメどもの噓自慢
巨大スクリーンに映し出されていた古河達哉の姿が、不意に暗転した。
だが、44階のパーティー会場を支配する異常な熱気は、冷めるどころか、むしろ沸点に達したかのように膨れ上がっていた。
「古河様ー!」
「最高でーす! 最高!」
数十人の信者たちが、スクリーンの暗闇に向かって、陶酔した叫び声を上げている。高純度の狂信が、シャンデリアのけばけばしい光の下で渦巻いていた。
やがて、スクリーンが再び明るくなり、悪趣味なピエロのロゴが映し出されると、会場の正面に設けられた小さなステージに、司会者らしきSランクの男がマイクを持って登壇した。
「ファミリーの諸君、待たせたな! 古河様のありがたいお言葉、その魂に刻み込んだか!」
「「「うおおおおお!」」」
「素晴らしい! では、これより古河様の教えを受け、我々がいかにして勝ち組となったか、その成功の証を分かち合う時間としよう! まずは、Aランクの同志から、その声を聞かせてもらうぞ!」
始まったのは、このコミュニティの恒例行事らしい「信者による成功体験発表会」だった。
最初に登壇したのは、見るからに羽振りの良さそうな、四十代のIT企業経営者を名乗る男だった。
「古河様に出会う前、俺はただの社畜でした! だが、コガコインに全財産を賭け、古河様の教え通りに生きた結果、今では年商5億の起業トップ! 勝ち組の景色は最高だぜ!」
次に登壇したのは、派手なドレスの女だった。
「古河様のおかげで、クソ以下の旦那から解放されました! コガコインの配当だけで、慰謝料なんて目じゃないくらい稼いでます! 古河様マジ神様!」
まるでテレビショッピングの「お客様の声」のように、テンポよく中身のない成功譚が繰り返される。彼らは一様に、古河達哉という存在を絶対視し、彼が推奨するコガコインこそが、自分たちを泥沼から救い出した唯一無二の福音であると、目を輝かせて語っていた。
岬は、会場の隅でシャンパングラスを片手に、その陳腐な洗脳強化ショーを冷ややかに眺めていた。グラスの中身は、もちろん一口もつけていない。
(……滑稽ね)
彼らが語る成功は、十中八九は詐欺によって、他の誰か――多くは、ここに呼ばれていない下級信者たち――から吸い上げた金で成り立っている虚像だ。
彼らは、自分たちが詐欺の加害者であり、同時に被害者でもあるということに気づいていない。あるいは、薄々知っていながら、気づかないふりをしている。
偽りの成功という嘘に酔っているだけの、古河のコバンザメ。
そして、ひときわ大きな拍手に迎えられ、あの男が登壇した。Sランク信者の鶴ヶ島だった。
「どうも。『ペルセウス0』です」
彼は、先ほど岬の肩に腕を回してきた下卑た態度とは打って変わり、壇上では、驚くほど知的で誠実そうな実業家の顔で語りだした。
「古河様と出会って早5年。私は古河様のビジョンに共感し、側近として、この偉大なファミリーの拡大に尽力してきました」
その口調は自信に満ち溢れ、淀みがない。
「古河様は、我々に『富』だけを与えてくださったのではありません。『思考法』を与えてくださったのです。既成概念に囚われず、自ら考え、行動する力。そのおかげで、私の本業である不動産投資事業も軌道に乗り、今では従業員400名を抱えるまでになりました」
会場から「おおー」という感嘆の声が上がる。
「しかし」と鶴ヶ島は、芝居がかった仕草で言葉を切った。
「私が本当に古河様に感謝しているのは、そこではないんです。私が手に入れた一番の財産は『家族との絆』です」
「……!」
岬は思わず目を見開いた。
「私は仕事にかまけて、妻や二人の子供たちと、すれ違いの日々を送っていました。だが、古河様の『ファミリーを大切にしろ』という教えに触れ、目が覚めた。今では毎週末の家族サービスを欠かしません。先日は下の娘のピアノの発表会で、不覚にも涙してしまいましたよ」
鶴ヶ島は、そう言って、目頭を押さえるふりまでしてみせた。
(どの口が……)
岬の内心を、強烈な嫌悪感が駆け巡った。
つい先ほど、初対面の女の肩を抱き、下卑た視線を向け、あわよくばタワマンの部屋に連れ込もうとしていた男が「良き父親」の顔で家族愛を語っている。
この男にとっては家族すらも、自分の成功者というイメージを補強するためのアクセサリーでしかないのだ。
「古河様は、我々の人生の師です! このご恩に報いるためにも、私は生涯、古河様についていく所存です! ありがとうございました!」
鶴ヶ島の完璧なスピーチに、会場は今日一番の拍手で包まれた。




