1-6 正義の時間を始めよう
「……え?」
岬は自分の耳を疑った。今、この人は何と言った?
エリオットも少し驚いた顔をしたが、すぐに父の意図を察し、静かに頷いた。
『もちろん、形式上の話だ。法的な手続きを踏み、君を私の養女として迎える。そうすれば、君は大統領の家族として、我が国の最高レベルの保護対象となる。世界中のどの組織も個人も、君に指一本触れることはできなくなる。それは私が保証する』
それは、あまりにも突飛で非現実的で、あまりにも魅力的な提案だった。
最高の保護。
誰も、指一本触れられない。
それは、岬がこれまでの人生で、ずっと求め続けてきたものだった。
いじめから守ってくれる力。
パワハラやセクハラを跳ね除ける力。
モラハラやDVから逃れるための、絶対的な盾。
『君は、ただ守られるだけじゃない』
ガブリエルの声が、岬の心に直接響いてくる。
『私の娘になるということは、ハルフォード家のリソース……人脈、情報、諜報機関、そして時には軍隊さえも動かす“力”へのアクセス権を、君が手にすることを意味する』
彼は続けた。その言葉は、岬の心の奥底に眠っていた、復讐という名の獣を、ゆっくりと揺り起こしていく。
『国家は、個人のための私刑はしない。法治国家として、それは絶対に許されないことだ。……だが、我が国は、いち国民である“あなた”の正当な権利が、最大限に行使されることを全力でサポートする。君がこれまで受けてきた理不尽な仕打ちに対して、法と正義の枠組みの中で、最大限の、そして最も効果的な“報い”を与える手伝いをしよう』
報い。
その言葉が、岬の心の中で燻っていた小さな火種に、大量のガソリンを注ぎ始める。
水戸課長の、人を侮蔑しきった顔が浮かぶ。
古河達哉の、嘲笑う顔が浮かぶ。
平泉潤二郎の、優しい仮面の下の、冷酷な顔が浮かぶ。
彼らに報いを。
私が味わった苦しみを、絶望を、屈辱を。これまでの人生分の利子をつけて、百倍にして返してやる。
もう、泣き寝入りはしない。
「どうでもいい」と自分に嘘をついて、心を殺すのはやめる。
岬は震える唇をきつく結び、顔を上げた。バスローブの袖で涙の跡を乱暴に拭う。その瞳には、先ほどまでの怯えの色は、もうどこにもなかった。あるのは、硬質で燃えるような決意の炎だった。
「……お受けします」
はっきりと、そう告げた。
これから新しい自分に生まれ変わる。
その声に、もう震えは無かった。
「その代わり、一つ条件があります」
『ほう、言ってみなさい』
ガブリエルが、面白そうに目を細める。
「私の復讐は、白日の下に晒して行います。密室での取引や裏工作はしない。彼らが私にした理不尽、その全てを公の場で明らかにし、証拠を突きつけ、彼らが最も大切にしている社会的地位や名誉、プライドを、世界中の人々が見ている前で、ズタズタに破壊する。完全に逃げ道をふさぎ、社会的な死を与えるんです」
岬は宣言した。
これは私の戦いだと。
そして、その結末は、世界中が見届けることになるのだと。
「晒します。——復讐は公開でやる」
その言葉を聞いて、ガブリエル・ハルフォードは、心の底から満足そうに深く頷いた。画面の向こうで、彼は不敵な笑みを浮かべている。それは、これから始まる史上最高の“ショー”を心待ちにしている、最高の演出家の顔だった。
『面白い! 気に入った! それでこそ私の娘だ!』
彼は高らかに声を上げた。その声は、雷鳴のように部屋中に響き渡った。
『 It's time for justice! 』(さあ、正義の時間だ!)
その言葉が、新生・滝乃川岬による壮大な復讐劇の号砲となった。




