8-3 セクハラSランク野郎
「はい、そうですけど……。あなたは?」
岬は小首を傾げ、上目遣いで男を見上げた。「荒川未沙」としての演技だ。
真っ黒に日焼けしたインテリ反社風の男は、その岬の仕草に満足そうに目を細めた。
「僕はSランクの鶴ヶ島。アカウント名は『ペルセウス0』だ」
男――鶴ヶ島は、自分の胸にぶら下がったSランクを示す派手な金色の名札を、指で得意げに弾いた。
「この間の配信、見てたよ。いやー、すごかった! あの派手な投げ銭と、コガコイン2000万購入だっけ? 古河様も、君の貢献ぶりに非常に感心されていたよ」
「え、本当ですか!? 嬉しい!」
岬は、両手を胸の前で合わせて、キャッキャと大げさに喜んでみせた。
(来た。Sランクの側近。こいつが、古河に繋がる最初の扉)
内心の冷静さとは裏腹に、岬は完璧に「舞い上がった新参者」を演じる。
「鶴ヶ島さん。Sランクってことは、古河様とは凄くお親しいんですよね?」
「まあね」鶴ヶ島はグラスのシャンパンを一口含み、自慢げに言った。
「古河様が、まだ配信者として有名でなかった頃から、俺は側近として支えてきたから。いわば、古株中の古株ってわけさ」
「すご~い! カッコいい!」
その時、鶴ヶ島のなれなれしい手が、すっと伸びてきた。
そして、何の断りもなく岬の肩に、日焼けした太い腕を回してきた。
グイッと体温が伝わる距離にまで、強引に引き寄せられる。
アルコールと自己主張の強い香水の匂いが、一気に鼻腔を突いた。
(……!!)
反射的に、その顔を平手打ちしてやりたいほどの強烈な嫌悪感と怒りが、岬の全身を駆け巡った。
この男のやっていることは、元上司の水戸が立場を利用して行ったセクハラと同じだ。
しかし、岬は、その衝動を奥歯を噛みしめて必死に耐えた。
(ダメだ。感情的になるな)
(今の私は荒川未沙。こういう扱いに慣れている、むしろ喜ぶくらいの女)
岬は身構えて固まっていた体を、すぐに弛緩させた。
そして、嫌悪感を必死に押し殺し、逆に、鶴ヶ島の胸に自ら軽く寄りかかるような仕草さえしてみせた。
「ふふっ。鶴ヶ島さん、ちょっと積極的すぎません?」
甘えたような声で、笑みを浮かべ囁く。
その反応に鶴ヶ島は、欲望と興味に満ちた目で、岬の顔から全身を上から下まで、ねっとりと舐め回すように見た。
「ハハッ、こりゃ驚いた。君って見かけによらず、結構ノリがいいタイプ?」
「さあ、どうでしょう?」
岬は意味ありげに微笑んでみせた。
『ミサキ、冷静な判断だ。だが無理はするな』
インカム越しに、エリオットの苦々しげな声が聞こえた。彼も、鶴ヶ島との会話を聞いているのだ。
(大丈夫。この程度、目的を果たすためなら、どうということはない)
岬は、心の中で強がりを言い自らを鼓舞した。




