8-2 ガングロインテリ反社君
受付の奥にある、両開きの重厚な扉が開かれる。
眩しい光と大勢の人々の話し声が、一気に岬の全身に降り注いだ。
そこは、広々としたパーティー会場のようになっていた。
天井は高く、巨大なシャンデリアがいくつも吊り下げられている。
床から天井までの巨大な窓ガラスの向こうには、東京の街並みが、まるでミニチュアのように広がっていた。
会場には既に数十人の男女が集い、あちこちに置かれた円卓を囲んで談笑していた。
立食形式のビュッフェ台には、無駄に豪華だが、どこか品のない料理が山のように盛られている。
服装は自由と事前にアナウンスされていた通り、参加者たちの格好はバラバラだった。
高級スーツでビシッと決めた、いかにもエリートビジネスマン風の男。
かと思えば、ヨレヨレのアニメTシャツにリュックサックを背負った、オタク風の青年。
露出の多いドレスで着飾った、インフルエンサー風の女性グループ。
年齢も性別も職業も、何もかもが違うと一見して分かった。
だが、彼らには共通点が一つだけあった。
それは、自分たちが「選ばれた上級信者」であるという歪んだ選民意識と熱狂が、彼らの瞳と態度に宿っていることだった。
岬が荒川未沙として、会場に足を踏み入れた瞬間。
それまで響いていた話し声が、一瞬だけピタリと止んだ。
会場にいた全員の視線が、一斉に、この新参者へと注がれる。
好奇、嫉妬、期待、そして、彼女の利用価値を計ろうとする品性に欠けた上から目線。
『岬様。こちらでも会場内の映像と音声を、ビルの監視カメラをハックして監視中です』
インカム越しに、広尾の声が届く。
『会場には、少なくとも30名以上の男女。壁際の数名は運営スタッフではなく、おそらく古河直属の私兵です。筋肉の付き方が素人ではありません。気を付けて』
『神崎の位置も確認した』
今度は、エリオットの声が割り込んできた。
『ビュッフェ台の近く。窓際でシャンパンを飲んでいるグレーのスーツの男だ。彼が我々のエージェントだ。だが、絶対に君から接触するな。彼は君を認識していないフリを続ける』
岬は、インカムの指示に従い、さりげなくビュッフェ台の方へ視線を送った。
……いた。
グレーのスーツを着こなし、いかにもこの場の雰囲気を楽しんでいるかのように、優雅にグラスを傾ける男。
彼が神崎。DIA(国防情報局)のディープカバー・エージェント。
目が合ったと思ったが、神崎は岬を一瞥しただけで、すぐに興味を失ったかのように、隣にいた別の男との会話に戻った。
(さあ、どうしようか)
会場の視線が、まだ自分に集っているのを感じる。
ここで、どう振る舞うかが重要だ。
岬は、あえてキョロキョロと辺りを見回し、「わぁ、すごーい」とでも言いたげな無邪気で頭の悪そうな表情を作った。
効果は覿面だった。間もなく会場の空気が、ふっと緩んだ。
きっと彼らは、「ただの頭の弱い金持ちの小娘だ。大丈夫だ」と思ったのだろう。
安堵の空気が、会場全体に広がっていくのが分かった。
その直後だった。
一人の男がグラスを片手に、真っ直ぐ岬の元へと歩み寄ってきた。
「はじめまして。君が、噂の『ブラッディマリー33』さん?」
低い声だが、妙に人懐っこい声色でもあった。
岬は、ゆっくりと振り返った。
そこに立っていたのは、30代半ばと思しき男だった。
上質なイタリア製のスーツを着こなしているが、その肌は、まるで真夏にゴルフでもしてきたかのように、不健康なほど日に焼けている。
短く刈り込んだ髪。鋭い目つき。だが、口元には人を油断させるような笑みを浮かべている。
一言でいうなら「日に焼けたインテリ反社風」の男。
そして、その男は願ってもないSランクの信者だった。




