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7-6 安心してください。ビジネスライクな関係ですよ

 広尾さやの揺るぎない忠誠心に、岬は圧倒された。

 だが同時に、疑問も感じた。それほどの恩義。それほどの信頼。それは、本当にただの忠誠心だけなのだろうか。

 岬は、広尾の整った横顔をじっと見つめた。


(まさか、広尾さんもエリオットさんのことを……?)


 岬の好奇心と嫉妬が入り混じった視線に、広尾は気づいた。

 彼女は、ふっと、まるで氷が溶けるように口元を緩めた。鉄仮面のような彼女が見せた、初めて見る人間的な苦笑だった。


「……岬様。勘違いしないでください」

「えっ」

「私とエリオット様は、厳格な上司と部下の関係です。それ以上は、何もありませんよ」


「あ、いえ、そういうつもりでは……!」

 図星を突かれ、岬は慌てて否定する。顔が一気に熱くなった。


 広尾は、その様子を面白そうに眺めている。

「岬様。あなたは、エリオット様にとても気に入られています。ご自分では、お気づきになりませんか?」

「え? き、気に入られてるって……それは、私が彼の命を助けたからで……」

「それだけではありません」


 広尾は楽しげな表情を収め、真面目な顔に戻った。

「あなたに出会ってから、近頃のあの方はずっと嬉しそうにしています。今朝のようにウォー・ルームで、あからさまに感情を露わにすることも増えました」

「……」

「もともと彼は、自分の感情を滅多に表に出さない、完璧なポーカーフェイスの人なのです。大統領の息子として、常に冷静沈着であることを幼い頃から強いられてきた。ですが、あなたといる時の彼は違う。大統領の息子でも辣腕実業家でもない、ただの『エリオット』という一人の青年の顔をしている」


 広尾の言葉が、岬の心に深い波紋を広げた。


(まさか。そんなはずはない。私は、復讐のために彼を利用しているだけだ。彼は、命の恩人だから親切にしてくれているだけ。勘違いするな、私)


 必死に自分に言い聞かせる。だが、左手の薬指にはめられた指輪が、彼の存在を主張するように冷たい感触を放っていた。


 その時、運転席のエージェントから無機質な声がかかった。

「広尾様、まもなくポイントに到着します。ビルの周辺に不審な車両や人物は見当たりません」


 広尾の表情が、瞬時にプロフェッショナルのものに戻った。

「了解。岬様、会場のすぐ近くまで来ました。ここから先は、お一人で向かっていただきます」

「はい」

「私はこの車で待機し、ウォー・ルームと連携して、あなたの周囲の状況を監視します。耳に装着した超小型インカムは、絶対にオフにしないでください。我々も、あなたの聞く音をすべて共有しています」

「分かりました」


 車が、ビルの手前の交差点で静かに停車する。

「準備は、よろしいですか?」

 広尾の視線が、岬を射抜く。

「……はい」


(そうだ。私は今から戦場に乗り込むんだ)


 思考を切り替えて、エリオットのことも広尾の言葉も、頭の隅に追いやる。

 今は、ただ一つ。

 古河の力の源泉となっている巨大な詐欺の証拠を掴む。

 それだけだ。


「ご武運を」

 広尾の言葉を背に、岬は黒塗りのワンボックスカーを降りた。


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