7-4 ハグに込めた祈り
ウォー・ルームに戻ると、出発の準備はすべて整っていた。
オペレーターたちの視線が、一斉に岬に集まる。彼らの視線には、極度の緊張と、これから敵地に単身乗り込む司令官への敬意がこもっていた。
「それでは、行って参ります」
岬が、エリオットと広尾さやに向かって、深く一礼する。
この時、エリオットの表情が、冷徹な司令官から一人の男のものへと変わった。
「ミサキ」
彼は立ち上がり、ためらうことなく岬に近づいた。
ウォー・ルームにいる十数名のオペレーターたちが見ている。広尾も見ている。だが、彼は意に介さなかった。
「気を付けて」
彼は、そう言うと両腕を広げ、岬の華奢な体をそっと抱きしめた。
「……!」
驚きと不意打ちの感触に、岬の体が硬直する。
彼の胸は、シャツの上からでも分かるほど鍛え上げられていて硬かった。仕立ての良いシャツの生地の感触や彼の体温、そして、あの日の夜に感じた雨の匂いと上質な香水が混じり合った、心を落ち着かなくさせる香りが、岬の感覚のすべてを支配する。
あの夜のドア越しの頬へのキス。
あの朝の右手の甲への敬礼のようなキス。
そして今、このウォー・ルームという、プライベートではない空間での力強い抱擁。
耳元で、彼の低い声が囁いた。それは周囲の者には聞こえない、二人だけの秘密の言葉。
“Godspeed, Misaki.”(君に神の加護があらんことを)
ゆっくりと彼の体が離れていく。
名残惜しさを振り払うように、岬は一歩下がった。顔が熱い。自分でも分かるほど、耳まで赤くなっているに違いない。
エリオットは、そんな岬の様子を愛おしそうに見つめた後、すぐに司令官の顔に戻り、広尾に向き直った。
「広尾。岬の現地サポート、よろしく頼む」
「Yes,sir. 命に代えても」
広尾が凛々しい敬礼で応えた。
(私は、何を期待しているんだろう)
岬は、自分の心の激しい揺れを、必死で奥歯を噛みしめて押し殺した。
(これは作戦だ。彼は、司令官として部下を激励してくれただけだ)
(そうだ。今は、復讐のことだけを考えろ。私から全てを奪ったあの男に、報いを受けさせることだけを)
岬は、二人にもう一度深く一礼すると、今度こそ迷いなく背を向け、ウォー・ルームを後にした。
必ずSランク信者の懐に潜り込み、古河が元締めとなっている詐欺の決定的な証拠を掴み、ここに戻ってくると心に誓う。
奴を徹底的に絶望させ、社会的に抹殺するために。




