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6-9 捕食者の猜疑心

 その日の深夜。

 生配信を終え、アドレナリンが引ききらない様子の古河達哉は、彼の書斎で、Sランクの側近の一人と、ビデオ通話で密談を交わしていた。


 配信中の、テンションの高い愚かなピエロを演じていた仮面は、すでに剥がれ落ちている。

 そこにいたのは、冷酷で猜疑心に満ちた、捕食者の顔だった。


「で、どうなんだ」

 古河は、苛立たしげにデスクを指で叩きながら、低い声で言った。

「今日の『ブラッディマリー33』。何者か調べはついたか?」


 画面の向こうの側近は、緊張した面持ちで答えた。

『いえ、それが……。『Myピカレスク』に登録された個人情報『荒川 未沙(あらかわ みさ)』で、電子庁のデータベースに調査をかけましたが、同姓同名の人間は多数存在するものの、今日のように億単位の金を動かせるような資産家は、今のところ見当たりません』

『SNSアカウントでも、神崎(かんざき)が調査をしましたが、条件に該当しそうな富裕層は、見あたりませんでした』


「……神崎?」

 古河は、その聞き慣れない名前に、眉をひそめた。

『あ、いえ、失礼しました。先日Sランクに昇格した……』

「チッ、どいつもこいつも使えねえな」


 古河は、舌打ちした。

「……臭ぇな」

 彼は、自分の顎を撫ぜながら、独り言のようにつぶやいた。

「あまりにも羽振りが良すぎる。新参者のくせに、金の使い方が尋常じゃねえ。2000万以上だぞ?」


『ただの頭の悪い、金持ちのカモという可能性も高いですが』

 側近が、恐る恐る意見を述べる。


「だとしても、だ」

 古河は、側近の言葉を遮った。

「タイミングが良すぎる。俺たちが、星霜フロンティアの件で『リーク犯を探せ』って、信者どもを煽り始めた、まさにその直後だぞ」

 古河の目が爬虫類のように細められる。

「まさか……リークした側の人間か?」


『さすがに、考えすぎではないでしょうか。敵だとしたら、逆にあのような目立つ金の使い方は……』


「用心するに越したことはねえんだよ」

 古河は、不機嫌さを隠そうともせず言い放った。

「まぁいい。……伯父貴の力を使う」


 その言葉に、側近の顔がこわばった。

岸波(きしば)先生のですか?」


「ああ。そっちのルートで、その『荒川 未沙』の金の流れと、本当の素性を、徹底的に洗え」

 古河は、それが日課同然の当たり前な対処であるかのように、淡々とした口調で言った。

「伯父貴とズブズブの関係な警察幹部か、金融省のトップに依頼すれば、あの女の銀行口座の取引履歴くらい、一発で抜けるだろ」


『はっ! 分かりました。すぐに手配いたします』


「それと今週末のオフ会」

 古河が話題を変える。

『はい。予定通り、我々Sランクのメンバーで対応します。「ブラッディマリー33」も、参加するとのことです』


「フン……」

 古河は、その口の端に、醜悪な笑みを浮かべた。

「まあ、どんな女か、見極めてこい」


 彼は、椅子の背もたれに深く体を預け、天井を仰ぎ見た。

「もし、そいつが本当に、ただの頭のネジの緩い金持ち女なら、それこそラッキーだ。オフ会で、お前らがしっかり『接待』してやれ。コガコインの『特別先行投資枠』でも何でもデッチあげて、骨の髄まで、金を搾り取れるだけ搾り取ってやる」


『ははっ! お任せください』

 側近が、下卑た笑みを浮かべた。


「しかし」

 古河の声のトーンが、一段と低くなる。

「もし、万が一だ。万が一、そいつが俺様の覇道を阻む敵だってんなら……」


 古河は、ゆっくりと体を起こし、カメラのレンズを射抜くように睨みつけた。

 その瞳には、高校時代、岬に向けていたものと同じ、あるいはそれ以上に冷酷な、サディスティックな光が宿っていた。


「合法的に殺してやるよ」


 だが、彼はまだ知らない。

 高校時代に、道端の小石のように扱い蹴飛ばしていた女性が、今や、アメリア連邦国という最強の力を手に入れ、自分を破滅させるために、すぐそこまで迫っていることを。


 戦いの舞台は、ネットから、現実(オフライン)へと移ろうとしていた。


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