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6-7 銭ゲバ釣りの夜

 数日が経過した、金曜の夜。

 岬はスイートルームで、ノートパソコンのモニターに映し出されている古河達哉のライブ配信を視聴していた。

 今夜も、古河は絶好調だった。


『いやー、だからさぁ! それって、あなたの印象ですよね?』

『データあるんすか、データ? 無いなら、それ、あなたの妄想でしょ? はい、論破!』


 今夜のターゲットは、どこかのNPO団体の代表らしい。古河は、事前に仕込んだであろう、相手にとって都合の悪いデータだけを矢継ぎ早に提示し、相手が反論しようとすると大声で遮り、人格攻撃を繰り返す。

 信者曰く、この手口が古河の「必勝パターン」だそうだ。

 コメント欄は、古河を賞賛する言葉で埋め尽くされている。


『古河様、今日もキレッキレ!』

『相手、顔真っ赤で草』

『公開処刑キター!』


 岬は、その光景を冷ややかに見つめながら、『Myピカレスク』へのログインを済ませた。

 偽名『荒川 未沙』、アカウント名『ブラッディマリー33』。

 今夜、この名前を、古河達哉の記憶に刻み込む。


「広尾さん、準備は?」

 岬は、インカムで別室に待機している広尾に確認する。

『いつでも。アメリア連邦銀行のダミー口座経由で、資金は無制限に使用可能です』

 エリオットのバックアップは、完璧だった。


「準備、ありがとうございます。では、始めます」

 岬は、配信画面の『投げ銭』ボタンに、マウスカーソルを合わせた。


 配信が最も盛り上がった瞬間。

 古河が、相手を「はい、論破!」とこき下ろしたタイミングで。

 岬はボタンをクリックした。


  ——— ¥100,000 ———

  <ブラッディマリー33>:古河様、いつも見てます! 今日の論破も最高です!


 赤く、目立つ帯が、コメント欄の最上部に固定された。

 一瞬、滝のように流れていたコメントが、明らかに遅くなる。


『え?』

『じゅ、10万!?』

『ブラッディマリー33? 誰だ?』


 古河も、その金額に気づいた。画面に映っている彼の目が、カッと見開かれる。

『うおっ!? ブラッディマリー33さん! マジか! 10万、あざーっす! いやー、分かってるねぇ!』


 古河が、下品な笑顔で礼を言った。

 だが、岬は攻撃の手を緩めない。

 再び、クリック。


  ——— ¥100,000 ———

  <ブラッディマリー33>:古河様の知的さに、いつも痺れてます!


『え、また!?』

『連発!?』

『こいつ、ヤベェ……』


 古河の顔が、驚きから、あからさまな歓喜へと変わっていく。

『うおお! ブラッディマリー33さん、マジかよ! 連続!? ありがとうございます! マジで感謝!』


 岬は、無表情のまま、クリックを繰り返す。

 機械的な作業。

 これは、復讐のための先行投資だ。


  ——— ¥100,000 ———

  <ブラッディマリー33>:星霜フロンティアの件、古河様のおかげで真実が分かりました!


  ——— ¥100,000 ———

  <ブラッディマリー33>:リーク犯の特定、私も頑張ります!


  ——— ¥100,000 ———

  <ブラッディマリー33>:古河様こそ、日本の正義です!


 10万円の投げ銭が、5回、6回、7回……。

 コメント欄は、もはや「論破」の話題ではなく、『ブラッディマリー33』という謎の存在に対する驚愕と賞賛で埋め尽くされていた。


『石油王、降臨』

『ブラマリさん、何者だよ……』

『レベルが違いすぎる』

『もう100万超えてね?』


 古河は、もはや興奮を隠そうともしていなかった。配信そっちのけで、投げ銭の通知に釘付けになっている。

『ブラッディマリー33さん! マジでありがとう! すげえよ、あんた! マジですげえ!』

 彼の目には、知性などかけらもなく、ただ、剥き出しの金銭欲だけがギラついていた。


 岬は、連打する手を止め、最後の仕上げに入った。

『Myピカレスク』のアプリを開き、「コガコイン」の購入画面へと進む。

 購入金額の入力欄に、ゼロを一つ、二つ、三つ……七つ打ち込んだ。


  『コガコイン』購入申請:¥20,000,000


 購入ボタンを押すと同時に、配信のコメント欄に、最後の投げ銭を投下する。

 今度は、上限額の50万円だ。


  ——— ¥500,000 ———

  <ブラッディマリー33>:古河様、これからもついていきます! 今さっき、コガコインも2000万円分、買わせていただきました!


 そのコメントが画面に表示された瞬間、古河は、椅子から飛び上がらんばかりに絶叫した。

『に、ににに、2000万!?』

『コガコインを!?』


 コメント欄も、狂乱状態だった。

『ファッ!?』

『2000万!?!?』

『ブラマリさん、ガチの富豪じゃん……』

『結婚してくれ』


 古河は、カメラに向かって、これ以上ないほどの下品な笑顔を浮かべ、何度も頭を下げた。

『ブラッディマリー33さん! マジで神様! ありがとうございます! もちろん、今日から古河ファミリーの一員だ! 大歓迎だ!』

 彼は、何かを思い出したように、慌ててキーボードを操作する。


『OK! ブラッディマリー33さん、あんたはもうCランクじゃねえ! 特別に、今日から『Bランク』に格上げだ! あとで、『Myピカレスク』のBランク専用チャンネルの招待、Sランクの奴から送らせとくわ!』


 古河は、完全に理性を失い、金への興奮を露わにしている。

『いやー、マジですげえわ! これで来月の配当、楽しみにしててくれよな! ガッポリ儲けさせてやるからよぉ!』


 岬は、その醜悪な姿を、冷たい瞳で見つめていた。


(……釣れた)


  『ブラッディマリー33:ありがとうございます、古河様! 光栄です!』


 感謝のコメントを送り、岬は静かに配信のウィンドウを閉じた。

 ミッションは、完璧に成功した。

 古河達哉は、『ブラッディマリー33』=『荒川 未沙』を、「金を無尽蔵に貢いでくれる、頭の悪いカモ」だと、完全に誤認しただろう。


 間もなく、『Myピカレスク』に通知が来た。

 内容は、Sランクのユーザー……古河の側近からのBランク専用チャンネルへの招待だった。

 岬は、躊躇なく「参加」ボタンを押した。


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