6-6 絶対に儲かる投資「コガコイン」
信者ランクを上げる方法について、上級信者であるAランクユーザーの説明は続く。
『ユーザーA(Aランク):フン。まあ、ガチ勢になりたいなら、方法は二つだ』
『ユーザーA(Aランク):一番手っ取り早いのは、配信中に「投げ銭」をしまくること。古河様は、金払いのいい奴はちゃんと覚えてくれるからな』
『ユーザーA(Aランク):もう一つは、俺たちの「コガコイン」を大量に購入することだ』
『ブラッディマリー33:「コガコイン」……?』
岬は、わざと間を置いて、その単語をオウム返しにした。
『ユーザーA(Aランク):はぁ? お前、コガコインも知らねえでここに来たのかよ』
『ユーザーA(Aランク):まあ、いいわ。新入りに教えてやるよ』
すると、別のユーザーが横から入ってきた。
アカウント名の横には、ブロンズ色の【B】のバッジがついている。
『ユーザーB(Bランク):お、ブラッディマリーさん、知らない? コガコインはマジでヤバいよ。俺たちの「夢」だからな』
『ユーザーA(Aランク):Bランクがしゃしゃんなって。……まあ、いい』
『ユーザーA(Aランク):コガコインってのは、古河様が俺たち信者のために、特別に発行してくれてるデジタル通貨だ』
『ブラッディマリー33:デジタル通貨……?』
『ユーザーB(Bランク):そう! それを買うだろ? そしたら、古河様が、コガコインで俺たち信者から集めた金を元手に、資産運用してくれるんだよ! しかも、元本保証つきで、絶対に損しない! 古河様は、マジで投資の天才だから!』
『ユーザーB(Bランク):で、毎月! なんと、運用で儲けた利益から、毎月配当金がもらえるんだぜ! 俺、先月も5万入ったわ! マジでウマすぎ!』
『ユーザーA(Aランク):……まあ、そういうことだ。俺たちはコガコインを購入し、古河様への貢献度をアピールする。そして、古河様は、ご自身が儲けるだけじゃなくて、俺たち信者にも、ちゃんと富を還元してくれる、マジで神なんだよ』
『ユーザーA(Aランク):古河様は、これまで毎年トータルでプラス収支だって俺らに公言してる。そこらのヘボい投資家とはワケが違う。これが目当てで信者になってる奴も多いんだわ』
チャットルームが、一気にコガコインの話題で染まっていく。
『ユーザーK:コガコイン最強!』
『ユーザーL:俺も来月の配当楽しみだわー』
『ユーザーM:これで、車買った奴もいるらしいぞ』
『ユーザーN:古河様、一生ついていきます!』
岬は、その熱狂の渦を、冷え切った瞳で見つめていた。
(……間違いない)
彼女の思考は、恐ろしいほどの速度で回転していた。
(これは、典型的な「ポンジスキーム」)
新規の出資者から集めた資金を、そのまま、あるいは一部だけを、既存の出資者への「配当」として支払う。
しかし、実際には、まともに資産運用などしておらず、自転車操業を続けているだけの、古典的な詐欺のスキーム。
「ずっと毎年トータルでプラス収支」
そんな投資があり得るはずがない。投資の神様でもない限り。
古河達哉は、信者たちの「儲けたい」という欲望と、「古河様を信じたい」という盲目的な崇拝心を煽り、彼らから金を巻き上げている。
コガコインに関する説明が事実なら、詐欺罪、出資法違反、金融商品販売法違反。
明確な犯罪だ。
(これだ……)
岬は、勝利への道筋がはっきりと見えた気がした。
古河達哉のカリスマを支えている柱は二つ。
一つは、ネット世界の「論破王」という知的な虚像。
もう一つは、「信者に富をもたらす投資の天才」という経済的な虚像。
この「コガコイン」という名の詐欺システム。
この欺瞞に満ちた搾取構造を白日の下に晒し、徹底的に破壊すれば、彼の権威は失墜する。
信者たちは、「騙されていた」という事実に気づき、崇拝は一気に凄まじい憎悪へと反転するだろう。
岬は、静かに笑みを浮かべた。
まずは、その懐に、もっと深く潜り込む必要がある。
Bランクに上がって、Sランクの側近たちと接触し、この詐欺システムの、より具体的な証拠を掴む。
『ブラッディマリー33:すごい……! コガコイン、すごすぎます! 古河様って、本当に神様だったんですね!』
『ブラッディマリー33:私、決めました! 次回の配信で、絶対に古河様に名前を覚えてもらえるようにします! 投げ銭もコガコイン購入も、全力でいきます!』
『ブラッディマリー33:ユーザーA様、ユーザーB様、いろいろ教えてくださって、本当にありがとうございました!』
『ユーザーA(Aランク):おう。まあ、頑張れや、底辺さんw』
『ユーザーB(Bランク):ブラマリさん、頑張って! 期待してるぜ!』
岬は、「ありがとうございます!」と感謝のスタンプを連打すると、『Myピカレスク』のチャットルームからログアウトした。
部屋には、パソコンの冷却ファンの音だけが、ほんの微かに聞こえている。
岬は、内線電話の受話器を取った。
「広尾さんですか、滝乃川です。作戦のために、かなりの『実弾』が必要になった、とエリオットさんに伝えておいてもらえますか」
待っていろ、論破王。
これから、お前の懐に飛び込み、お前の弱みとなる証拠を掴み、絶望の海に叩き落としてやる。




