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6-3 開幕!正体特定祭り

 エリオットは夕食の後、「少し仕事が残っている」と名残惜しそうな表情で、護衛と共に大使館の外出していった。


 夜も更け、広大なスイートルームに戻った岬は、バスローブを羽織り、リビングのソファに深く身を沈めていた。

 手元のタブレット端末には、今まさに生配信されている、古河達哉の番組が映し出されている。


『はいどうもー! みんなの論破王、古河達哉でーす! いやー、今日も信者くんたち、集まってくれてサンキューな!』


 画面の中で、古河は高校時代と何も変わらない、人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

 背景は、彼の趣味であろう、高価なフィギュアやゲームソフトが並んだ、けばけばしい書斎だ。

 画面の端には、凄まじい勢いでコメントが流れ、同時に高額な投げ銭が飛び交っている。


『古河様、今日もキレッキレ!』

『待ってました!』

『今日の獲物は誰ですか?www』


「……」

 岬は、無言でその光景を見つめていた。

 忘れたくても忘れられなかった忌まわしい記憶が、胃液のようにせり上がってくる。

 教室で、彼とその取り巻きたちに囲まれ、嘲笑われた日々。ゴミ箱に捨てられた教科書。誰も助けてくれなかった、あの絶望。


(お前は、何も変わっていない)


 だが、私もあの頃の私ではない。

 岬は、タブレットの音量を少し上げた。


『さて、今日のテーマなんだけど……』

 古河が、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

『これだ!「超絶ブラック企業、星霜フロンティア社を断罪!」』


 画面に、記者会見で尾張社長が謝罪する映像と、水戸茂の顔写真がデカデカと映し出された。

 その瞬間、岬の背筋に冷たいものが走った。


(……断罪? お前が言うな)

 心の中で毒づく。

 水戸や尾張社長が断罪されるべき人間であることに疑いはない。だが、お前のような人でなしの屑に、彼らを「断罪」する資格は微塵もない。


『いやー、この会社、マジでヤバいよな! パワハラ、セクハラ、横領、盗撮! 挙げ句の果てには社長が少女買春に薬物って、もう腐りきってんじゃん!』

 古河は、ネットで仕入れた情報を、さも自分が突き止めたかのように得意げに語り、視聴者のコメントもそれに同調して盛り上がっている。


『こんな会社、潰れて当然!』

『水戸も尾張も地獄に落ちろ!』

『古河さん、もっと叩いてください!』


(……違う)

 岬は、違和感を覚えていた。

 彼は、ただ世間の話題に乗じて、星霜フロンティア社を叩いているだけではない。

 おそらく、彼の言葉には、明確な「意図」が隠されている。


 案の定、古河は本題に入った。

『まあ、星霜フロンティアが悪なのは確定なんだけどさ。俺が今回、独自に掴んだ情報によると、ちょっと面白い動きがあるんだよね』

 彼は、カメラを睨みつけるようにして、扇動的な口調で続けた。


『どうやら、この星霜フロンティアの内部情報を、マスコミや株主にリークして、一連の騒動を裏で操ってる連中がいるらしいんだわ』


 岬の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

「リークしてる連中」――それは、間違いなく自分たちのことだ。


『で、ここからが、俺の信者くんたちへのお願い!』

 古河は、まるでゲームのミッションでも発表するかのように、楽しそうに言った。

『みんなの力で、その“リークしてる連中”の正体を暴いてほしい! 俺の予想だと、そいつらは星霜フロンティアに恨みを持つ元社員か、あるいは株価操作で儲けようとしてる外資系のハゲタカファンドだと思うんだよね』


 コメント欄の勢いが、さらに増す。

『うおおお! 特定班、出動!』

『面白くなってきた! 暴露祭りはよ!』

『古河さんのためなら、何でもやります!』


『分かったら、俺のDMでも、メンバーシップ専用のBiscordチャンネルでもいいから、ガンガン情報送ってくれ! 正体を突き止めた奴には、俺から特別ボーナスやるわ!』


 古河は、不敵な笑みを浮かべて配信を続けている。

 だが、岬はもう彼の声を聞いていなかった。

 タブレットの画面を、冷え切った瞳で見つめる。


(……やはり、侮れない)

 水戸のような、一企業の中間管理職とは違う。

 彼には、伯父の政治的コネクションを使った情報網と、そして、彼の言葉一つで動く、数十万人規模の狂信的な「サイバー部隊」がいる。


 彼はこちらの存在に、もう気づいている。

 そして、彼が持つ「見えない軍隊」を使って、こちらを特定し、攻撃しようと動き出した。


 岬は、タブレットの電源を静かに切った。

 部屋には、再び静寂が戻る。


(面白い)


 恐怖はなかった。

 むしろ、武者震いに似た高揚感が、体の奥底から湧き上がってくるのを感じた。


(数十万人の信者……)

(望むところだ)


 目に見えない匿名の敵との対決が、今、始まった。

 岬は、広尾に連絡を入れる。


「広尾さん。私です。明日から予定通り、古河達哉のコミュニティへの潜入を開始します。今から伝える内容で、準備をお願いします」


 岬の自ら前線に立ち、敵の懐に飛び込むという決意は、少しも揺らいでいない。

 古河の拠り所を徹底的に削ぎ落してから、息の根を止める。そのために、どんなことでもする覚悟があったからだ。


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