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6-1 二人目の標的=ネット論破王

 ウォー・ルームのメインモニターに、二人の男の顔写真が並んで表示される。


【Case-02:古河 達哉(こが たつや)

【Case-03:蘇我 智和(そが ともかず)


 岬の視線は、Case-02の男の顔に注がれる。

 古河達哉。

 その名前を見た瞬間、忘れたくても忘れられなかった忌まわしい記憶が、鮮明な映像となって脳裏に蘇る。



 ――あれは、高校二年の秋だった。

 埃っぽい放課後の教室。当時の私は、クラスの中でも特に目立たない、本を読むのが好きなだけの生徒だった。


 彼――古河達哉は、クラスカーストの頂点に立つ「王様」だった。彼は、人を傷つけることを娯楽としか考えていない人間だった。


 私が彼のターゲットにされたのは、本当に些細なことがきっかけだった。

 彼が一方的に好意を寄せていたクラスメイトの女子生徒と、私がたまたま同じ美化委員会で、当番の日に、二人で笑いながら雑談をしていた。ただ、それだけ。


 その翌日から、私の地獄は始まった。

 SNSの裏アカウントで流される、根も葉もない噂。

『滝乃川って、裏で男遊び激しいらしいよ』

『あいつ、マジきもくね?』

 ゴミ箱に捨てられる教科書。隠される上履き。悪意に満ちた言葉が彫られた机。

 クラスの誰もが、見て見ぬふりをした。腫れ物に触るかのように、私から距離を取った。


 一度だけ、勇気を振り絞り担任教師に相談したが、事なかれ主義のその男は、むしろ私に非があるかのような言葉を返した。

 高校時代の残りの期間、私はたった一人で、ただ耐え続け、暗黒期が過ぎ去るのを待つしかなかった。


 そして、その元凶である古河達哉は、今では“論破系”配信者として、ネットの世界で新たな「王様」になっている。



「広尾さん」

 岬は、過去の記憶から意識を引き戻し、目の前のモニターを睨みつけた。

「この男について、今回の調査で新たに判明した情報は?」


 広尾は、手元の端末を操作し、古河達哉のプロファイルを更新した。

「彼の伯父は、元総理大臣の岸波文男です。古河は、岸波の政治的コネクションと資金を背景に、動画配信サイトやSNSで数々のステルスマーケティングや情報工作を行っています。そうして、現在の日本有数の配信者という地位を築き上げました」

「……」

「また、彼に反抗的な態度をとった、他の配信者やインフルエンサーは、例外なく、スキャンダルや大規模な炎上によって活動停止、引退、あるいは行方不明になっています。背後に、岸波の息のかかった組織的な動きがあると見て間違いありません」


 水戸茂とは、格が違う。

 ただの企業の中間管理職ではない。国家の中枢にまで通じる強大な権力がバックにいる。

 岬は、一瞬だけ戸惑い、思わず隣に座るエリオットの顔を見た。


 エリオットは、そんな岬の逡巡を即座に察した。

 彼は、絶対的な自信に満ちた穏やかな笑みを浮かべて、岬の手をそっと握った。

「ミサキ。心配する必要はないよ」

 その温かい感触が、岬の心の不安を溶かしていく。

「相手が誰であろうと、僕の約束は変わらない。君のために、あらゆるリソースを用い、あらゆる手を尽くす。思う存分、遠慮なく君のプランを示してくれ」


「……ありがとうございます」


 岬が頷くと、広尾が冷静な声で情報を追加した。

「岬様。彼には岸波文男という強力な庇護者に加え、もう一つ、厄介なものがあります。それが、彼の『信者』です」

 モニターに、古河の配信のチャット欄やSNSのコメント欄が映し出される。そこには、彼を盲目的に崇拝し、賞賛する言葉が、狂信的なまでに溢れていた。

「我々の分析では、彼の信者は日本中に数十万人規模で存在します。職業も立場も様々です。彼らは、古河の言葉一つで、特定の個人や企業に対して、組織的なネットリンチや攻撃を仕掛けます。この信者で構成された『サイバー部隊』は、少々やっかいな存在かもしれません」


(信者……)

 岬は、その言葉を反芻した。

 古河達哉の力の源泉であり、弱点となりえるのは、彼に付き従うネット信者たちだ。


「ならば、やることは一つです」

 岬の瞳に、冷たい戦略の光が宿った。

「まず、その信者たちを洗脳から解き、古河達哉から引き剥がします。彼の力の源泉を断ち、ネット世界で完全に孤立させる。そこからが本番です」


 岬は、オペレーターたちに向き直った。

「広尾さん。彼の信者の中に、我々の工作員を潜り込ませてください。彼のコミュニティに深く入り込み、内部から不信の種を蒔くんです」

 そして、岬は宣言する。

「また、工作員の一人として、私も参加します」


「ミサキ」

 エリオットが、思わず声を上げた。

「君は司令官だ。前線に立つ必要はない。自重すべきだ」


「いいえ、行きます」

 岬は、きっぱりと首を振った。

「私が知っているのは、高校時代の教室という小さな世界で王を気取っていた古河達哉だけです。今の彼……ネットという広大な世界で、数十万人を操る配信者としての彼を、私は知らない。彼を、不可逆的に社会から抹殺するシナリオを描くためには、今の彼の手口、彼のレトリック、そして、彼の信者たちの心理を、この目で確かめる必要があるんです」


 エリオットは、岬の揺るぎない決意を前にして、やがて、深くため息をついた。

「……分かった。ただし、万全のセキュリティ体制を組む。決して無理はしないと約束してくれ」

「はい」


 二人目の標的は、ネット世界の論破王。

 岬は、心の中で自らに誓った。

 必ず古河の欺瞞を暴き、玉座から引きずり落として、あの地下室へ送り込むと。


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