5-10 春文砲に散る社長
岬の覚悟が決まったのを察したかのように、その時、ウォー・ルームのオペレーターの一人が、緊張した声で報告した。
「エリオット様、ミサキ様。週刊誌のオンライン速報、来ました」
エリオットが指を鳴らすと、メインモニターの映像が切り替わった。
そこに映し出されたのは、日本で最も発行部数が多い週刊誌の公式ウェブサイト。そのトップに衝撃的な見出しが躍っていた。
【速報スクープ】星霜フロンティア社の社長、少女買春&違法薬物の常習使用&脱税疑惑! 決定的証拠を入手!
「……春文砲、ですか」
「ああ。もちろん、我々が情報と証拠を、事前にリークしておいた」
エリオットは、全てが予定通りに運んでいることを確認し、満足げにうなずく。
記事には、尾張社長が会社の経費で、何度も「東南アジアへの出張」と称しては、現地の違法な売春宿で少女を買っていたという詳細なレポートが、生々しい写真付きで掲載されていた。
高級ホテルのスイートルームで、違法薬物によって焦点の定まらない、だらしのない顔で、複数の若い女性たちに囲まれている社長の姿。テーブルの上には、白い粉末が散乱している。
さらに、社長個人の巨額な脱税の証拠までが、これでもかとばかりに暴露されていた。
ネットのコメント欄は、水戸の話題から、一気に尾張社長のスキャンダルへと炎上の対象を移し、阿鼻叫喚の様相を呈している。
「これで、星霜フロンティア社は本当に終わりですね」
岬は、モニターを眺めながら冷たく呟いた。
「その通り」
エリオットが同意する。
「水戸茂のような性根の腐った人間を、組織的に再生産し続けた土壌そのものが、これでようやく浄化される。社会にとって、実に有益なことだ」
エリオットは、モニターに映し出された尾張社長の、違法薬物で焦点の定まらないだらしない顔写真を、まるで汚物でも見るかのように冷ややかに見つめながら、その人物評を続けた。
「尾張社長だが」
彼の声は、冷静ながらも侮蔑的な響きに満ちていた。
「彼は、これまでの半生で大きな脱落を経験することなく、親の敷いたレールの上を無難に歩み続けられた、幸運な人間だ。しかも、社長という器にまでなれてしまった」
「しかし、彼は組織のトップに立つべき人間ではなかった。彼は、本質的に自分に甘く、人を見る目がない。自分の地位を脅かす可能性のある、自分より優れた人間を恐れ、冷遇する」
そこで、エリオットは視線をモニターから外し、隣に座る岬に向けた。
「君のような真に優秀な人間を、正しく評価し、抜擢する観察眼も度量も、彼にはない。彼にあるのは、自分より強い者には媚びへつらい、弱い者はとことん挫くという、典型的な小物のメンタリティだけだ」
二人が、腐敗した男の末路を見届けていると、背後から、凛とした声がかかった。
「岬様」
広尾さやだ。
彼女が手元の端末を操作すると、メインモニターの表示が、新たな作戦ファイルへと切り替わった。
そこには、二人の男の顔写真と、詳細なプロフィールが表示されていた。
【Case-02:古河 達哉】
【Case-03:蘇我 智和】
広尾は、抑揚のないプロフェッショナルの声で告げた。
「第一目標の排除、お疲れ様でした。これより、次の作戦に本格的に着手いたします。事前にヒアリングした内容に基づき、両名のプロファイルと作戦の叩き台を準備しました。ご確認の上、指示をお願いします」
岬の視線が、モニターに映る二人の男の顔に向けられた。
水戸への復讐で得た高揚感は、次第に下火になりつつあった。
だが、彼女の中には、さらに深く冷たい復讐心が、力強く吹き荒れていた。




