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5-9 社会の浄化に犠牲はつきもの

「君は、水戸の妻子が不憫だと思うかい?」


 静寂を破ったのは、隣に座るエリオットの声だった。

 岬は、視線をモニターから外さずに短く答えた。

「別に、思いませんよ」


「そうか」

 エリオットは、その答えに満足したように、小さく頷いた。

「僕もそう思う。彼の妻が、これまで享受してきた贅沢な人生は、彼女自身の行動と選択の結果だ。水戸茂という男の本質を見抜けず、あるいは気づいていながら、その恩恵だけを受けてきた。そんな男を伴侶に選んだのは、他の誰でもない、彼女自身の責任だよ」


 彼は、モニターの片隅で泣きじゃくる娘の姿を一瞥し、言葉を続ける。

「娘は不運かもしれない。子は親を選べないからね。だが、見方を変えれば、最低な父親を反面教師として、自分の人生を強く生きるための契機になるかもしれない。理不尽な運命を呪うか、それをバネにして未来を変えるか。今日の出来事は、彼女が選ぶことができる二つの道が開けた、それだけのことだ」


 その声は、どこまでも冷徹で合理的だった。

 エリオットは、岬に向き直り、その深い青色の瞳で、彼女の心を見透かすように言った。

「水戸や星霜フロンティア社が、こうして白日の下に晒され、断罪されるのは、社会全体から見れば有益なことだ。腐った組織は浄化され、新しい秩序が生まれる。君が、彼の妻や娘の涙を見て、気に病む必要は一切ない」


(……気に病む)

 岬は、心の中でその言葉を反芻した。

 エリオットの言うことは、きっと正しい。一つの側面としては、完璧な論理だ。

 だが、それは、生まれた時から全てを与えられ、絶対的な安全圏から世界を眺めてきた人間の論理でもある。

 私は、何も持たず、奪われ、虐げられてきた側の人間だ。安全圏の外側で、ずっと生きてきた。

 彼に理屈抜きで、私の本当の痛みを理解してもらうことは、叶わないことなのかも知れない。


 しかし、岬は、胸に湧き上がりかけた感傷をすぐに振り払った。


 過去を嘆き、他人と自分を比べて落ち込むのは、もう終わりにしよう。

 そんな暇があるなら、次の一手を考える。

 これからは、反撃の人生だ。失い続けるだけの惨めな日々は、もう二度とごめんだ。


 岬が顔を上げると、その瞳に先ほどまでの迷いは消え、決意の光が戻っていた。


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