5-6 晒し配信と電熱椅子
地下室の壁面に据え付けられている巨大モニターに電源が入り、星霜フロンティア社のロゴが映し出された。会見が始まるようだ。
部屋の冷たい空気の中、岬と拘束された水戸は、その光景を黙って見つめていた。モニターは二分割され、片方にはテレビ局の中継映像、もう片方にはネット配信の画面と、その横に流れる視聴者のコメント欄が表示されている。
「これより、弊社で発生いたしました重大なコンプライアンス違反、並びに再発防止策、第三者委員会の設置についてご説明申し上げます」
モニターの中で、尾張社長が深々と頭を下げた。 彼の隣には初老の顧問弁護士、そして他の役員たちが、神妙な顔つきで並んでいる。無数のフラッシュが、彼らの憔悴しきった顔を白く照らし出した。
「調査の結果、弊社の元課長職の社員一名による、複数の女性社員に対する悪質なセクシャルハラスメント、部下への常習的なパワーハラスメント、さらに社内での盗撮、及び、長年にわたる経費の不正流用の事実が発覚いたしました。断じて許されざる行為であり、会社として極めて重く受け止めております」
社長は、用意された原稿を読み上げながら、時折、苦々しげに顔を歪めた。
「当該社員に対しましては、本日付けで懲戒解雇とすることを決定いたしました。また、その行為の悪質性に鑑み、近日中に刑事告訴を行う所存でございます」
その言葉を聞いた瞬間、水戸の喉から「ひっ」という、かすれた悲鳴が漏れた。懲戒解雇だけでなく、刑事告訴も。それは、公開の場における社会的な死刑宣告に他ならなかった。
一通りの説明が終わると、報道陣からの質疑応答に移った。すぐに、最前列にいた男性記者が鋭い声で質問を飛ばす。
「その社員は、現在どこにいるのでしょうか!? 会社として、本人の所在は把握しているのですか!?」
その質問が投げかけられた、まさにその瞬間だった。
モニターに映っていた二つの会見映像が、何の脈絡もなく、プツリと途切れた。画面は一瞬、漆黒に染まる。
そして次に大写しになったのは、今、岬の目の前で椅子に拘束されている男――水戸茂の顔写真だった。それは、彼の社員証から抜き取られた画像データだろう。少し緊張した面持ちの、数年前の彼の顔。
画面の下部には、彼の顔と共に、ゴシック体の文字がテロップとして大きく表示されていた。
【 氏名:水戸 茂 】
【 所属:星霜フロンティア株式会社 広報課 課長 】※昨日時点
【 罪状:セクハラ、パワハラ、盗撮、暴行、業務上横領 】
その映像は、テレビとネットを通じて、日本全国に同時配信された。たった数秒間の、完璧なタイミングで実行された電波ジャック。
すぐに画面は記者会見場の中継に戻り、テレビ局のアナウンサーが「大変失礼いたしました。ただいま、中継映像に乱れがございました」と、慌てた様子で謝罪の言葉を口にしている。
だが、もう遅い。
ネット配信のコメント欄は、爆発的な勢いで流れ始めた。
『今の顔、水戸ってヤツか!』
『特定班はよ!』
『星霜フロンティア 広報課長 水戸茂』
『顔覚えたわ。マジでクズじゃん』
瞬く間に、水戸茂の個人情報はネットの荒波に放り込まれ、拡散されていく。彼の自宅住所、家族構成、出身大学に至るまで、匿名の人々の手によって、無慈悲に暴かれていった。
「あらあら」
岬は、わざとらしく驚いたふりをして、絶望に顔を染める水戸を見下ろした。
「水戸さんの個人情報が、公になってしまいましたね。でも、どうせ二度とここから外に出ることはないんですから、最早、あなたにとっては、どうでもいいことですよね?」
その言葉で、水戸は、ようやく自分が置かれた状況を完全に理解した。
自分は、この女の罠に嵌められたのだ。共に会社と戦うというのは嘘で、最初から、この女は自分を地獄の底に叩き落とすことだけが目的だったのだと。
「た、滝乃川……! き、貴様ァァァァァァ!」
恐怖と怒りで顔を歪ませ、水戸は必死に叫んだ。
「待て、そうだ、一緒に会社と戦おうじゃないか! 俺を信じろ! 尾張社長も役員どもも、真っ黒なんだ! 粉飾決算、データの改竄、下請けいじめ、労災隠蔽……連中の犯罪を、俺は全部知ってるんだ!」
「だから、何? あなたも同じ穴の狢でしょう?」
岬は、ゴミを見るような冷たい視線で、彼を見下した。
「うるせえ! 俺と同じ立場になりゃ、お前だって同じことをしたはずだ!」
「一緒にしないでください。それと、その薄汚い口の利き方、やめていただけます? さもないと……」
岬はそう言うと、手にした小さなリモコンのスイッチを押した。すると、水戸が座る金属製の椅子から、ジジ……という低い音が鳴り始め、椅子の表面が、みるみるうちに赤黒くなり熱を帯びていく。
「あ、熱いィィィィっ! 何をするッ! やめろ、やめてくれぇぇぇ!」
熱さに耐えきれず、水戸は絶叫した。拘束された体で必死にもがき、命乞いをする。水戸の体から、ほんの微かに、肉が焦げたような臭いが漂ってきた。
岬はリモコンのスイッチを切った。
「水戸課長、臭いです。スメハラは止めてください」
憔悴した水戸の無様で哀れな姿を、岬は口元に微かな笑みを浮かべ、満足げに見つめていた。




