4-6 襲われる男 - 雑居房の男編 -
私たちは、街中の無数に設置された監視カメラの映像をリレーしながら、水戸の姿をモニター越しに追っていた。
ボロボロの体を引きずるようにして、水戸がよろよろと大通りに出てくる。有り金を全て奪われ、タクシーを拾うこともできない。彼は、絶望的な表情で、自宅のある方向へと歩き始めた。
だが、彼の受難はまだ終わらない。
交差点の角を曲がったところで、巡回中の警察官二人が、彼の姿を認め、足を止めた。
「すみません、そこの方。少しよろしいですか?」
血を流し、明らかに様子がおかしい水戸に、職務質問がかかるのは当然の流れだった。
「……なんだよ」
「どうかされましたか、そのお怪我は。何かあったんですか?」
「別に。転んだだけだ」
「そうですか。念のため、持ち物を確認させていただいても?」
水戸は、これ以上の面倒はごめんだとばかりに、舌打ちしながら、先ほど地面に叩きつけられた財布を警官に渡した。
警官が財布の中身を確認した途端、その表情が険しくなる。
「これは、あなたの運転免許証の名前と違いますね。蓮田……? このクレジットカードは、あなたのものですか?」
財布の中には、なぜか水戸のものではない、複数のクレジットカードが収まっていた。それは、先ほど『Club SSR』で水戸たちの近くの席にいた、蓮田社長のカードだった。
「は……? なんで……?」
水戸の顔が、驚愕と混乱に覆われる。
もちろん、彼が知るはずもない。彼がバーのカウンターでグラスを落とし、混乱している隙に、客を装っていたエージェントが、彼の財布にカードを忍ばせたのだから。
「無線で照会したところ、つい先ほど、このカードの被害届が出されています。……署までご同行願えますか」
「ち、違う! 俺じゃない! 何かの間違いだ!」
水戸が必死に叫ぶが、もう遅い。
状況証拠は、完全に彼を犯人だと示している。同じ店の近くにいた客で、被害者のカードを所持している男。言い逃れのしようがなかった。
「窃盗の現行犯で逮捕します」
冷たい声と共に、水戸の両腕に黒色の手錠がかけられた。
彼の抵抗も虚しく、パトカーの後部座席に押し込まれていく。両脇を警官に固められ、逃げることもできない水戸は、抵抗をあきらめ、涙を流し始めた。
「第二段階、完了です」
広尾が、抑揚のない声で報告した。
「ターゲットの身柄確保を確認。これより、彼の社会的信用は完全に失墜します」
私は、パトカーが走り去っていく映像を、ただ黙って見つめていた。
全てが計画通りに進んだ。狙い通りに。
やがて、モニターの映像が、警察署内の留置所の一室に切り替わった。
事前に設置しておいた隠しカメラ映し出す、薄汚れた部屋。水戸は、独房ではなく、すでに先客がいる雑居房に入れられていた。
彼の同室になったのは、いかにも反社という雰囲気の巨漢の男だった。首までびっしりと刺青が彫られ、人を殺したことがあると言われても信じてしまいそうな、凶悪な目つきをしている。この男も、エージェントに誘導されて、一足先に留置所入りしていた「ゲスト」だ。
男は、水戸を値踏みするように、頭のてっぺんから爪先まで、ねっとりと舐め回すように見た。そして、口の端を歪めて、下卑た笑みを浮かべる。
「……ひひっ。なんだアンタ。意外と可愛い顔してんじゃねぇか。今夜は楽しませてくれよ、グヘヘ」
その言葉の意味を理解した瞬間、水戸の顔から完全に色が消えた。
血の気も、感情も、希望も、何もかもが抜け落ち、ただ恐怖と絶望だけが、その顔に張り付いていた。
カメラは、これから始まるであろう地獄を予感させながら、ゆっくりと震え始めた彼の背中を、静かに映し出していた。
画面の隅で、巨漢の男が、ゆっくりと水戸との距離を詰めていくのが見えた。
今夜、職員は雑居房に二度と来ない。誰も来ないように、エージェントが、あらかじめ手を打っている。
私は、見届けなければならない。
彼が、これから凌辱され味わうであろう、心身の尊厳の完全なる破壊を。
それは、彼が私にしてきたことへの、当然の報い。
「……美しい」
隣のエリオットが、恍惚とした表情で囁いた。
「君の復讐は、まるで芸術だ。シナリオ、演出。そして、一人の男の結末まで、見事に描き切っている」
彼の賞賛の言葉は、今の私の心には響かなかった。
人生を滅茶苦茶にされた憎き相手に、徹底的にやり返した。そこに、ほんのわずかな満足感はある。
だが、私の心の飢えを満たすには、全く足りない。私に宿る復讐の炎は、まだ種火でしかないのだから。




