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3-7 死へと追い込むシナリオ

「ありがとうございます。そして、水戸が精神的に動揺したところで、第二段階に移ります」

 岬は、テーブルスクリーンをスワイプし、星霜フロンティア社の組織図を表示させた。

「社内に、匿名の内部告発を行います。告発先は、社長室直轄のコンプライアンス室と監査役会。内容は、彼のパワハラとセクハラに絞ります。ただし、この時点ではまだ決定的な証拠は出しません。あくまで、『複数の社員から、水戸課長のハラスメント行為に関する相談が寄せられている』というレベルの情報に留めます」


「なぜ、証拠を出さない?」

 エリオットが尋ねた。


「会社という組織は、スキャンダルを隠蔽しようとする性質があります。いきなり動かぬ証拠を突きつければ、彼らは問題を内々で処理しようとするかもしれない。水戸を地方に左遷させるとか、依願退職の形で穏便に済ませるとか。それでは、私の望む『公開処刑』にはなりません」

 岬は、かつて自分がいた組織の醜い部分を、冷静に分析していた。


「だから、最初はジャブを打つだけです。『問題が起きているらしい』という空気を社内に作り出す。経営陣に、『これは放っておくとまずいかもしれない』と思わせる。その上で、外堀を埋めていくんです」


「外堀というと?」

「筆頭株主である、あなた方の力を使います」

 岬は、エリオットを真っ直ぐに見つめた。

「株主として、正式に会社へ質問状を送付します。『一部の管理職によるハラスメント行為が、企業の評判を著しく毀損するリスクがあるという情報を得た。貴社の見解と対策を問う』と。これが届けば、経営陣は無視できません。最大の株主が問題を認識している。下手に隠蔽すれば、株主代表訴訟に発展しかねない。彼らは調査せざるを得なくなります」


 そこまで一気に話すと、岬は一度、息を吸った。

 司令室は静まり返っていた。オペレーターたちも、いつの間にか手を止め、この若き司令官の作戦計画に聞き入っていた。


「内部からの告発と、外部からの圧力。この二つに挟まれ、会社は『第三者委員会』を設置せざるを得なくなるでしょう。そして、その公の場で、私たちが集めた全ての証拠を叩きつけるんです。彼のパワハラ、セクハラ、そして横領の動かぬ証拠を」


 そうなれば、もう誰も彼を庇うことはできない。

 彼の罪は、すべて白日の下に晒される。

 彼は、会社から懲戒解雇されて社会的地位を失い、さらに刑事告訴されて法の裁きを受けることになるだろう。

 家族からも、友人からも、愛人からも見放され、全てを失う。


 それが、岬が描いた、水戸茂の「完全なる社会的な死」までのシナリオだった。


「……完璧だ」

 エリオットが、感嘆のため息を漏らした。

「君は最高の司令官だ、ミサキ。君の戦略には、敵の殲滅までの道筋が、はっきりと見えているんだね」


 彼は、オペレーターの一人に向かって、指を鳴らした。

「聞いたな。今すぐ、ミサキ司令官の指示通りに作戦を開始しろ。第一段階、噂の拡散。銀座のチームに連絡を。ターゲットの心理的動揺を最優先で実行せよ」


「Yes,sir!」「Yes,ma'am!」

 オペレーターたちが、エリオットと岬に力強く応え、凄まじい速さでキーボードを叩き始めた。

 静かだった司令室に、再び活気が戻る。

 巨大な組織が、一つの意志の元に動き出した瞬間だった。


 岬は、その光景を、固唾を飲んで見つめていた。

 自分の言葉で、彼らが動いている。

 しがない契約社員だった自分が、今、世界最強国家の諜報機関を動かし、一人の人間の人生を終わらせるための、最初の引き金を引いた。


 岬は、スクリーンに映る水戸の顔を、冷たい瞳で見据えた。心の中で、静かに彼に語りかける。


「——泣き言、楽しみにしています」


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