3-5 罪状エビデンス
エリオットの視線は、目の前のスクリーンに映る、水戸の能天気な笑顔の写真に向けられていた。
「さて。まずは、彼の罪状を一つずつ確認していこうじゃないか。君が、直接その目で確認するんだ」
彼がオペレーターの一人に目配せをすると、テーブルスクリーンの中央に、一つのファイルが拡大表示された。
【分類:パワーハラスメント】
「最初に、君が最も苦しめられてきたであろう、パワハラから見ていこう」
エリオットの指がスクリーンに触れると、ファイルが開き、大量のメールやチャットのログが表示された。
『この資料を作り直せ、今日中にだ。残業? 当たり前だろ。給料もらってるんだから』
『お前の代わりはいくらでもいるんだよ。勘違いするな』
『出来ない? ふざけるな! 出来ないというのは、嘘吐きが使う言葉だ!』
画面をスクロールするたびに、部下たちを人格否定するような、抑圧的な言葉の羅列が現れる。その多くは、岬が直接言われた言葉でもあった。思い出すだけで、胃がキリキリと痛む。
「音声データもあります」
広尾が、別のファイルを開いた。スピーカーから聞き覚えのある不快な声が流れ出す。
『――だから! 俺が言ってるのはそういうことじゃねえだろ! 何度言ったら分かるんだよ、この無能が!』
『すみません……』
『謝って済むなら警察はいらねぇんだよ!お前がやったミスのせいで、俺がどれだけ迷惑してるか分かってんのか!』
それは、水戸が部下の若手社員を、吊し上げている音声だった。周囲の人間が、息を殺して聞いている気配まで生々しく伝わってくる。
岬も、何度も同じような目に遭った。抵抗すれば、さらに激しく罵倒されるだけ。だから、ただ嵐が過ぎ去るのを頭を下げて待つしかなかった。
「……ひどい」
岬の口から、か細い声が漏れた。
「これは、氷山の一角にすぎない」
エリオットは、冷ややかに言った。
「彼は、部下の手柄を横取りすることも常習的に行っていたようだね。これは、君が担当していたプロジェクトの企画書に関する、彼と部長とのメールのやり取りだ」
画面が切り替わる。
差出人:水戸 茂
件名:Re: 新規プロジェクト企画書の件
尾張部長
お疲れ様です。水戸です。
先日の件、企画書を添付いたします。
私が徹夜で細部を詰め、ようやく形になったものです。
特に、ターゲット層の分析については、我ながら会心の出来かと。
何卒、ご査収のほど、よろしくお願い申し上げます。
「……!」
岬は、その文面を見て、言葉を失った。
徹夜で細部を詰めたのは、私だ。ターゲット層の分析に最も時間をかけたのも、私だ。それなのに彼は、まるで自分一人が全てやったかのように報告している。
「このメールが送信された時刻は、午前四時。監視カメラの記録によると、この時間に彼は部下たちと飲み屋でカラオケに興じていた。もちろん経費でね」
エリオットが、冷酷な事実を付け加える。
怒りで、頭に血が上るのが分かった。
分かっていたことだ。ずっと、そうだと思っていた。だが、こうして動かぬ証拠として突きつけられると、その卑劣さが、改めて骨身に沁みた。
「次に行こうか」
エリオットは、岬の怒りを促すかのように、次のファイルを開いた。
【分類:セクシャルハラスメント】
画面に表示されたのは、目を覆いたくなるような、下劣なメッセージの数々だった。
複数の女性契約社員に対して、食事やデートにしつこく誘うメール。断られると、それを仄めかして仕事で圧力をかけるような文面。そして、岬自身に送られてきたメッセージも、そこにはあった。
『滝乃川さん、今日の服装は凄くそそるね』
『今度の週末、二人で打ち合わせでもしない?もちろん、夜のね(笑)』
『彼氏とかいるの? 俺にしとけば? 色々便宜図ってあげるのに』
「……気持ち悪い」
吐き捨てるように、岬は言った。
これらのメッセージが送られてくるたびに、岬は当たり障りのない返信をして、必死でやり過ごしてきた。下手に拒絶して、契約を切られるのが怖かったからだ。その弱みに、あの男はつけ込んできた。
「彼のパソコンからは、社内の女性社員を隠し撮りしたと思われる動画や画像データも多数見つかっています。疑いようのない犯罪行為です」
広尾が、無表情のまま報告する。
岬は、もうスクリーンをまともに見ることができなかった。怒りと嫌悪で吐き気がする。
こいつはクズだ。人間の尊厳というものを何とも思っていない。自分より弱い立場の人間を、自分の欲望を満たすための道具としか見ていない。
そんな岬の様子を、エリオットは静かに見つめていた。
「ミサキ。辛い記憶を思い出させて、すまない。だが、これは現実だ。君が戦う相手が、どれほど醜悪で卑劣な人間か。それを君自身の目で確かめておく必要がある」
彼の声は、不思議な力を持っていた。岬の心のささくれを、優しく鎮めてくれるような響きがあった。
「そして、最後にもう一つ。彼の息の根を止める決定的な切り札だ」
エリオットが、最後のファイルを開いた。
【分類:経費の不正流用及び横領】
そこに表示されていたのは、会社の経費が、水戸個人のために、いかに不正に使われてきたかを示す、おびただしい数の証拠だった。
架空の出張を申請し、旅費を懐に入れる。
存在しない接待をでっち上げ、高級クラブでの遊興費を経費で支払う。
そして、その金の多くが、一人の女性に渡っていることも、金の流れから明らかだった。
「彼の愛人だ。銀座のクラブでホステスをしている。彼は、会社の金を横領して、彼女のマンションの家賃を払い、ブランド品を買い与えていた」
エリオットが、一人の女性の顔写真をスクリーンに映し出す。派手な化粧をした、いかにもという雰囲気の女性だった。
「会社の金を私的に流用する。これは、単なる不正じゃない。明確な犯罪だ。業務上横領。立件されれば、懲役刑は免れない」
パワハラ。セクハラ。そして、盗撮と横領。
これだけの証拠があれば、彼を社会的に抹殺するのは、造作もないことだろう。
「ミサキ」
エリオットが、岬の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「材料は全て揃った。これらをどう料理するかは、君次第だ。どうしたい?君の望む、最高の復讐の形を教えてくれ」




