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3-4 パンドラの箱

「さて、余談はここまでだ」

 エリオットの表情が、再び司令官のものに戻る。

「本題に入ろう。最初のターゲット、水戸茂の件だ」


 テーブルの表面は、それ自体がタッチパネル式のスクリーンになっており、岬が席に着くと、目の前に水戸の顔写真と、「星霜フロンティア株式会社」のロゴが大きく表示された。


「君がターゲットを選んでから、約八時間。我が国のDIA(国防情報局)とサイバー部隊が、水戸茂、及び星霜フロンティア社に関するあらゆるデータを掌握した。ここに、その結果が表示されている」


 エリオットがテーブルのスクリーンを軽くタップすると、水戸の写真の周りに、無数のファイルアイコンが出現した。

『メール』『チャットログ』『人事考課記録』『経費精算データ』『社内SNS』『個人PCデータ』『スマートフォンデータ』……。


「彼の全データがここにある。公的なものから、最もプライベートなものまで。まさにパンドラの箱だね」

 エリオットは、楽しそうに言った。

「そして、司令官である君が、今からその箱を開けるんだ」


 広尾が、岬の隣に立ち、レーザーポインターでテーブルスクリーンの一角を指し示した。

「まず、昨夜からの進捗を報告します」


 彼女の声が、静かな司令室に響く。オペレーターたちのタイピングの音だけが、BGMのように流れていた。


「第一段階、情報収集。先ほどエリオット様が申し上げた通り、対象及び関連企業のデジタルデータは、完全に我々の管理下にあります。バックアップを含め、彼らがデータを消去しても、いつでも復元可能です」


「第二段階、物理的証拠の保全。昨夜のうちに、水戸の自宅、愛人宅、自家用車内、そして彼が頻繁に利用する飲食店の個室三ヶ所に、超小型の監視デバイスの設置が完了しました。今この瞬間も、彼の行動と会話は、二十四時間体制で我々が監視しています」


 スクリーンの一部に、いくつかの小さなウィンドウが開く。そこには、リアルタイムの監視カメラの映像が映し出されていた。閑静な住宅街にある一軒家。都心の高層マンションの一室。そして、高級車の車内。

 まだ早朝のため、どの映像にも動きはなかったが、これが全て、水戸を監視しているものだという事実に、岬は、わずかな戸惑いと興奮がほとばしった。


「第三段階、経済的包囲網の形成。昨夜の時間外取引において、我々の管理下にある複数の投資ファンドが、星霜フロンティア社の株式の買い付けを完了。現在、発行済み株式の34.1%を確保。これにより、我々は同社の筆頭株主となり、株主総会における重要事項の拒否権、及び、臨時株主総会の招集権を取得しました」


 淡々と、しかし恐ろしい事実が告げられていく。

 たった半日で、一人の人間のプライバシーは丸裸にされ、彼が所属する会社は、事実上、見えない敵に乗っ取られてしまった。これが、世界最強国家の力。


「報告は以上です。いつでも、次の段階に移行できます」

 広尾がそう言って一歩下がると、今度はエリオットが口を開いた。


「どうだい、ミサキ。これが我々の戦争のやり方だ。我々が使う武器は、情報と金と法だ。相手が築き上げてきたものを、相手が信じているルールそのものを使って、内側から秘密裏に、そして徹底的に破壊する」


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