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3-1 夜明けのスイートルーム

 意識が、ゆっくりと浮上してくるような感覚があった。

 重く閉ざされていた瞼の裏に、柔らかな光が差し込んでくる。昨夜の目まぐるしい出来事が、途切れ途切れのフィルム映像のように脳裏を駆け巡っては消えていく。


 岬は、ベッドから身を起こした。


 あらためて認識する。

 やはり、夢ではなかった。

 全て現実だ。


 岬は、自分が今いる場所を改めて見回した。

 広大なスイートルーム。天窓から差し込む朝の光が、部屋の隅々までを優しく照らし出している。自分が今まで生きてきた世界とは、あまりにもかけ離れた、豪奢で静謐な空間。

 窓の外に広がるのは、手入れの行き届いた日本庭園と、朝靄の中に林立する都心のビル群。まるで、雲の上にいるかのような、非現実的な光景だった。


 キングサイズのベッドは、岬のちっぽけな体を優しく包み込み、至高の睡眠を提供してくれた。こんなにぐっすりと眠れたのは、一体いつぶりだろうか。

 蘇我との生活では、彼の帰宅を待つ緊張と、いつ始まるか分からない罵声への恐怖で、常に眠りは浅かった。


 コンコン、と控えめなノックの音がした。

 岬が警戒してドアの方を見つめていると、上品な女性の声が聞こえた。

「コンシェルジュでございます。朝食をお持ちいたしました」


「ごゆっくり、お召し上がりくださいませ」

 朝食の準備を終えたスタッフは、深々と一礼すると、静かに部屋を出て行った。

 焼きたてのクロワッサンと数種類のパン。彩り豊かなサラダ。黄金色のスクランブルエッグと厚切りのベーコン。フルーツの盛り合わせに、湯気の立つコーヒー。

 まるで、映画でしか見たことのないような、完璧な朝食だった。


 テーブルの前に一人座り、岬は目の前の光景を呆然と眺めた。

 昨日の朝食は、コンビニで買った値引きシールの貼られたパンとインスタントのスープだった。昨日までは、節約のために昼食を抜くことさえあった。

 それが今、どうだ。

 この圧倒的な格差。これが、力を持つ者と持たざる者の世界の差。


 岬が朝食を食べ終えて、身支度を終えた頃、部屋のインターホンが鳴った。

 モニターに映っていたのは、スーツ姿の広尾さやだった。


「おはようございます、岬様。お約束通り、八時にお迎えに上がりました」

 その声は、昨日と変わらず、感情の起伏を感じさせない、プロフェッショナルなものだった。


「準備は、よろしいでしょうか」


 その問いかけは、単に出かける準備ができたか、という意味ではない。

 これから始まる「戦争」への、覚悟を問う響きを持っていた。


 岬は、背筋を伸ばし、はっきりと答えた。

「はい。いつでも」


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