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17-6 パワハラ師匠に捧ぐ暴力

 コンクリートの床に額を擦りつけ、命乞いするカロル・ドーンの見苦しい姿を、岬は冷ややかな瞳で見下ろしていた。


 これまで岬とドーンには面識はなかった。

 しかし、ドーンの名前を聞かされた後、岬の記憶の深いところで眠っていたドーンに関する記憶が呼び起こされた。


 岬の脳裏に、かつての日々がフラッシュバックする。

 それは彼女が勤めていたブラック企業『星霜フロンティア』で心身を摩耗させていた、地獄のような日々の記憶。


 当時、岬たち社員を精神的に追い詰め、奴隷のように酷使していた尾張(おわり)社長。

 彼は常々、ある経営者の言葉を聖典のように崇め、その男の教えを社員たちに強制していた。

 その尾張が崇拝していた経営者こそ、カロル・ドーンだった。


(……こいつだ)


 どす黒い怒りが腹の底から湧き上がる。

 尾張社長は、ドーン主催のセミナー「ドーンのハイブリッド経営者塾」の熱心な信奉者だった。それは社内ではよく知られた話だった。

 そこでドーンが説いたメソッド――「社員の思考を奪い、手足として消費しろ」「恐怖は最も効率的なマネジメント術である」という悪魔の教えを、尾張は忠実に実践していた。


 例えば、毎朝の朝礼で喉が潰れるまで、社員全員に社歌を絶叫させる。

 例えば、無理難題なノルマに対し「できない」「無理」と口にした社員に対し、社長や管理職の人間が、延々と人格否定をするような罵倒を浴びせる。命令に従わない者には会社を辞めるまで追い込みを続け、従う者は洗脳し、使い物にならなくなるまで酷使する。

 そのような狂気じみた企業風土を生んだ元凶は、この男だった。


「あなた、星霜フロンティアという会社をご存知?尾張社長のことは?」


 岬は低く地を這うような声で問いかけた。

 ドーンは涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げ、怯えたように瞬きをした。


「……何だ?それは」


「質問に答えなさい」


 岬の声色が一段低くなる。岬の圧にドーンはゴクリと息を呑む。


「尾張……?……思い出した。私の経営塾にいた男だな。彼は熱心だったよ。私の教えをきちんと実行して、自らの会社を大きくした優秀な生徒だ」


 ドーンは得意げな笑みを浮かべた。岬がその会社の関係者なら、話が通じるかもしれないという浅はかな期待を抱いているのかもしれない。


「そうそう、あなたの『好きな言葉』を尾張社長や私の上司だった男がよく使ってたわ。確か『出来ないというのは……』」


 岬が途中まで口にすると、ドーンは我が意を得たりとばかりに言葉を継いだ。


「『嘘吐きが使う言葉』だ!そうとも!死ぬ気でやれば何でも――グェッ!」


 ドーンの言葉は醜いカエルのような悲鳴に変えられた。

 岬の右足が、ドーンの側頭部を思い切り蹴りつけたからだ。


 ドーンの体から力が抜け、その場に崩れ落ちる。


「ぐほっ……」


 激痛に悶えるドーンに、岬は歩み寄る。

 その瞳に慈悲の色は一切ない。あるのは目の前の男に対する憎悪だけだ。


「お前も奴らの共犯!くたばれ!!」


「ぎゃっ!や、やめろぉ……!」


 岬は倒れ込んでいたドーンの腹部に、何度も蹴りを叩き込んだ。

 やがてドーンの口から胃液と吐瀉物が盛大に撒き散らされる。


 だが、岬の足は止まらない。止めることができない。

 かつての自分が会社で受けた理不尽な仕打ち。その後に相次いで身近な人間を失った悲しみ。その抱えきれない不条理を彼女は今、暴力という形で叩き返していた。


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