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17-3 慟哭の後

 眼下で咲いた紅蓮の華は、あまりにも美しく残酷だった。

 それは友の命が散った色。

 空高くに離脱したヘリの中にまで、鼓膜を殴りつけるような爆音が伝わってくる。


 爆音が止んだ後、ヘリから地上を見下ろした岬の目に映ったのは、黒く焼け焦げた鉄屑と立ち昇る黒煙だけだった。


「あぁ……」


 岬の喉から意味を成さない音が漏れる。

 思考が真っ白に塗りつぶされていた。千景が死んだ。全てが一瞬で消し炭になった。


 やがて岬の全身を支配したのは、悲しみを無理やり押し流すような焼けつく怒りだった。

 行き場のない感情が目の前の男性へと向かう。


「どうしてっ……!」


 岬は腰を浮かせて立ちあがり、エリオットの肩を乱暴に揺さぶった。


「どうして私に黙ってミサイルを撃ったんですか!他の方法だってあったかもしれないのに!まだ千景を助けられたかもしれないのに!」


 悲痛な絶叫が狭いキャビンに反響した。

 エリオットは抵抗せず、岬の非力な拳を受け止めている。その瞳は悲しさで染まり痛ましげに細められていた。


「落ち着くんだ、ミサキ」


 彼は努めて冷静だが沈痛な声音で告げた。


「あれは破壊用の弾頭じゃない。『レ・グラン』の制御システムを強制停止させるための、効果範囲を絞った電子妨害(ジャミング)ミサイルだったんだ」


「……え?」


「機体を無力化して彼女を確保するつもりだった。だが……」


 エリオットが言葉を濁し、悔しげに唇を噛む。


「そんなの……嘘よ!信じろっていうんですか?」


 岬は叫び返したが、その言葉とは裏腹に脳内では冷静に事実を受け止めようとしていた。


 そうだ。見ていたはずだ。

 アメリア軍のミサイルが着弾するよりも僅かに早く、機体の内側から光と熱が膨れ上がり、破裂していた光景を。

 あの爆発は外部からの攻撃によるものではない。自爆だ。


 間違いない。平泉潤二郎は千景を文字通り捨てたのだ。追っ手を足止めするための時間稼ぎ、あるいは口封じのためという利己的な動機で。


 頭では理解したつもりでも、エリオットのせいにせずにはいられなかった。誰かを責めなければ、自分の心が砕け散ってしまいそうだったからだ。


「うう……っ、あああああ!」


 岬は座席に座ったまま、膝に顔を埋めてうずくまった。

 獣のような嗚咽が漏れる。涙が止まらなかった。

 千景との思い出が走馬灯のように駆け巡る。親友として過ごした日々、すれ違った日々、そして最期の瞬間。

 彼女の異変にもっと早く気づいていれば。もっと違う言葉をかけていれば。


「……すまない」


 エリオットが短く呟いた。

 その言葉は重く深く沈んでいく。


 エリオットは震える岬の背中に手を伸ばしかけ――そして、空中でその手を止めた。

 今はゆっくりと感傷に浸っている時間はない。

 これ以上の犠牲を出さないために、外道どもを捕らえ叩き潰さねばならない。


 彼は一度だけ深く息を吐き出すと、瞬時にその表情を司令官のものへと切り替えた。

 冷徹な氷の瞳が、操縦席のパイロットに向けられる。


状況報告(シット・レップ)を。横須賀のブラックアウト状況は?」


「予定通り、市内への電力供給や通信網はストップしています。復旧まで残り約四十分」


 パイロットが緊張した面持ちで答える。

 窓の外を見れば、信号や家々の窓から漏れるであろう人工的な光が消え失せていた。

 早朝とはいえ、街全体が死んだように静まり返っている。停止した街の中で、ドーン邸からの黒煙が狼煙のように空へと細く高く上っていた。


「時間は限られている。日本のメディアや市外の人間たちが本格的に騒ぎ出す前に、ミッションを完了させる必要がある」


 エリオットは無線機に向かって鋭く告げた。


「三十分でケリをつけるぞ!」


『Yes,sir!』


 ヘッドセット越しに部下たちの応答が返ってくる。

 同時に地上のエージェントからの報告が入った。


『イプシロン1より司令官へ。ドーン邸の監視カメラと通信記録の解析が完了。ターゲットは予定通り、地下の「巣穴」に潜りました。脱出路及び外部との通信手段を失い、完全に孤立しています』


「よし」


 エリオットの口元に獰猛な笑みが浮かぶ。

 だが、まだ確認すべきことが残っていた。彼は回線を大使館にある作戦指令室(ウォー・ルーム)へと繋ぐ。


「聞こえるかウォー・ルーム!ここ数時間でドーン邸を出入りした人間の有無と足取りは追えたか?」


 ノイズ混じりの音声の向こうから、オペレーターの焦燥に満ちた声が響く。


『こちらウォー・ルーム!平泉潤二郎らしき男が、我々の包囲網よりも一足早くドーン邸を離れた模様!現在、人工衛星で追跡中です』


 岬の肩がピクリと反応した。

 平泉が逃げている。千景を殺しておいて、奴は自分だけ逃げ延びている。


「……分かった」

 エリオットはオペレーターに低い声で告げた。


「ドーンを拘束した後、次に平泉を狩り出す。何かあれば即知らせろ」


 通信を切ったエリオットは再び前方を睨み据える。

 眼下には広大な敷地を持つカロル・ドーン邸が、再び迫っていた。


「当機『マリーン・ゼロ』は庭園に着陸せよ!私自らドーン拘束に立ち会う!」


 エリオットの号令と共に機体が大きく傾いた。

 重力を感じる中、ようやく岬は涙で濡れた顔を上げた。

 彼女の中で、悲しみを吹き飛ばして勢いを増した黒い炎が、荒々しく燃え上がっていた。


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