16-14 他人の苦痛は蜜の味、絶望は至高のスパイス
『レ・グラン』は自爆した。
『レ・グラン』と、その機体に搭乗していた大洗千景という人間も、その全てが圧倒的な熱量によって瞬時に分解されていく。
岬は、その爆発の凄まじさと一瞬で親友が消失したという非現実的な現実を目の当たりにし、言葉を失っていた。
肉片の一つすら残らない完全な消滅。
千景は最期まで、自分が岬に裏切られたと思い込んだままだったのか。それとも、心のどこかで救けを求めていたのか。
もはや岬に知る術はない。
真実は爆炎の中に永遠に葬られた。
二人の心が再び通じ合うことも、誤解が解けることも、もう二度とない。
ただ、すれ違ったままの残酷な結末だけが、黒い煙となって空にたなびていた。
◇
同時刻。横浜市内にあるアパートの一室。
薄暗い室内に男の高笑いが反響していた。
「ギャハハハ!最高に哀れで滑稽な女だったな千景は!泣きわめく人間が死ぬ瞬間を見物するのは痛快の極みだ!」
平泉潤二郎は小さなテーブルに置いたノートパソコンの画面を指差し、身をよじらせて歓喜していた。
USBポートには、親指大の特殊な形状をした送受信機が挿入されている。それは軍事衛星の回線を不正に経由し、『レ・グラン』の内部カメラやドーン邸の監視カメラ映像をリアルタイムで受信するための違法デバイスだった。
画面には、ノイズ混じりの映像の最後のフレーム――恐怖に顔を歪め、絶叫する千景の表情――が焼き付いている。
平泉は千景の断末魔の表情を、極上の肴として味わっていた。
彼にとって他人の苦痛は蜜の味であり、絶望は至高のスパイスだった。
かつての彼は、単なる卑劣な小悪党に過ぎなかった。だが、治験という名目で某国の機関によって施された施術が彼を変えた。
遺伝子操作や投薬など、様々なアプローチによる人為的な人間強化は、彼の身体能力や知力を大幅に向上させた。
今の平泉は改造によって進化した、自分を半ば神に近い存在だと自認している。
自分は並みの人類の先を行く、一段上の優れた存在であると。
彼には、人を騙す際の罪悪感、人を陥れる際のためらい、人を破壊する際の抵抗感といった、人間として持っているであろう感情が欠落している。
平泉にとって人生とは、他人というNPCを操るリアルタイムの戦略ゲームであり、周囲の人間は自分を楽しませるための使い捨てのアイテムでしかなかった。
「おっと。ドーンさんは『死のショー』を楽しんでくれたかな?ん?……連絡しても反応が無いな」
二度三度、平泉は通信チャネルを繋ごうと試みる。しかしドーンからの反応はない。
「これはオッサンがアメリアに捕まったか、殺されたってことか?……ま、いっか!」
平泉は肩をすくめ、口元を歪めた。
ドーンは資金や隠れ家などを提供してくれる強力なスポンサーだったが、平泉にとっては彼ですら使い捨ての存在に過ぎない。
むしろ『レ・グラン』という最高の玩具を使いたいがために、ずっと機嫌を取ってやっていただけだ。その玩具が壊れた今、ドーンという財布に用はない。
「『レ・グラン』は粉々になっちまったし、俺の上司様に次の玩具をねだるか。その前に……」
平泉は手元のスマホを操作し、地図アプリを起動した。
画面の明かりが、爬虫類のように冷たい彼の瞳を照らし出す。
「俺に歯向かった岬の母親に挨拶しねえとな、ククク。死ぬほど後悔させてやるぜ、勘違いバカ女」




