16-12 自爆まで六十秒
舞台はゴーン邸の庭園。
『レ・グラン』のコクピットの中で、千景は自身が生み出した破壊の光景に陶酔していた。
「すごい……!」
目の前で軍用ヘリが落ちた。自分の意思を伝えたマシンの暴力によって。
いとも簡単に敵を屠った万能感が、彼女の脳内で激しく快楽物質を迸らせていた。
命の危険に晒されているという恐怖は、どこかへ消し飛んでいる。
「次は……とどめ!」
千景は興奮のままに『レ・グラン』のAIに指示を飛ばし、墜落して動けなくなった『グルヴェイグ』にトドメを刺そうと、右腕のドリルを振り上げた。
その瞬間、上空でホバリングする『マリーン・ゼロ』のスピーカーから、千景のよく知る女性の声の悲痛な叫びが響き渡った。
重機改造兵器『レ・グラン』のコクピット内で、千景は操縦桿を握りしめたまま硬直した。
唸りを上げて回転していた巨大なドリルが、ピタリと止まる。
その声を聞き間違えるはずがなかった。
滝乃川岬の声だ。
「……岬?」
千景の瞳が揺れる。
こんな場所で再会するなんて思っていなかった。
彼女は混乱し、過呼吸のように荒い息を吐き出した。
『岬、早くこの場を離れて!このヘリのようになりたくなければ!』
千景は外部マイクのスイッチを入れ、震える声で警告した。
眼下に広がる無惨な光景――戦闘ヘリ『グルヴェイグ』の残骸を見ながら。
だが、岬は引かない。
『もう止めて!目を覚まして!』
スピーカー越しの声には、確かな熱がこもっていた。
しかし、その言葉は千景の心の防壁を逆撫でする。
潤二郎は自分を必要としてくれて、自分に生きる意味を与えてくれた男だ。
それなのに未だに岬は、私の大切な人を否定する。
「……話すだけ無駄みたいね」
千景の瞳から光が消え、再び濁った色が戻る。
彼女がドリルを再始動させようとした、その時だった。
コクピット内の通信機から、ノイズ混じりに待ち望んでいた声が飛び込んでくる。
『聞こえるか千景!』
「潤二郎!」
千景の表情が一瞬で花が咲いたように輝く。
『いいか?今すぐ頭上にある小さなカバーを外して、中にある赤いボタンを押せ!』
「分かった!……今押したわ!」
『よし!俺の仲間が助けに行く!待ってろ!』
その言葉は、孤独な千景の心へ活力を与えた。
潤二郎は私を見捨てない。
必ず迎えに来てくれる。
その確信だけで、千景はいくらでも戦える気がした。
◇
横浜市内の一角。追手を振り切り辿り着いた薄暗いアジトの中で、平泉潤二郎は通信を切り、椅子に深々と背を預けた。
その表情には千景に向けた愛など微塵もなく、あるのは冷酷で粘着質な嘲笑だけだった。
誰に聞かせるでもなく、自らの嗜虐心に語りかけるかのように独りごちる。
「赤いボタンは自爆装置の起動スイッチ。もともと『レ・グラン』は秘密裏に開発していた違法なブツだ。機密の機体を丸ごと処分するための自爆装置まで搭載していたのは、俺にとってはラッキーだったな!」
かつて平泉は『レ・グラン』に試乗したことがあった。それゆえ、機体のスペックについては概ね知っていた。
スイッチを入れてから爆発までの時間が六十秒であることも。
「もう『レ・グラン』の自爆装置は誰にも解除できない。岬を道連れにあの世へ逝ってくれ!あばよ俺のATM!ヒャハハハ!!」
アジトの室内に平泉の愉悦が弾けた笑い声が響く。
彼にとって大洗千景は、金づるであり捨て駒でしかなかった。
平泉にとって、他人の人生を支配し命まで弄ぶことは、最高のエンターテインメントだった。




