16-11 楽器ケースに潜り込め
脱出路を奪われたドーンは、慌ててスマートフォンの画面に視線を落とした。
先ほどまでは人の気配が無かった地下への隠し階段。そこに黒い影が続々と雪崩れ込んでくる今が鮮明に映し出されていた。
黒いスーツに拳銃、耳にはインカム。アメリア国防情報局のエージェントたちだ。彼らは一切無駄のない動きで、正確にこのシェルターを目指し進んできている。
墓穴を掘る。
正にその言葉通りだった。脱出ルートへの入口でもあったシェルターは、今や出口のないコンクリートの棺桶と化してしまった。
「くそっ!くそっ!くそぉッッッ!!」
ドーンは半ばパニックになり、必死にスマホの緊急コールボタンを連打した。
世界で彼のスマホ端末にのみ備わっている緊急コールボタン。これをタップすれば、平泉潤二郎や彼が懇意にしている反アメリア組織に救援信号が飛び、すぐさま発信場所に駆けつける仕組みになっている。
しかし、画面上のアンテナピクトは「圏外」を示したまま。誰にも連絡がつかない。
このスマホは衛星通信にも対応した特別製だ。どれほど地下深くにいようと電波が届かないはずがない。
間もなく、どこにも連絡が取れない理由をドーンは察する。
これは、きっとアメリア軍による強力な電波妨害によるものだ。
おそらく電波妨害が開始されたタイミングは、ドーンがガブリエル・ハルフォードと会話した直後。
ドーンは力任せにスマートフォンを床に叩きつけた。
衝撃で床から小さく鈍い音が跳ね返る。
「畜生ぉおおおッ!」
ドーンは少ない髪を搔きむしり、狭い室内を徘徊した。
地上を目指して、来た道を戻るのは自殺行為だ。地下の入口は既に制圧されている。
かといって、このシェルターに立て籠もったところで、酸素供給を断たれるか強行突入されて終わりだ。
逃げ場はない。社会的地位も莫大な資産も失い、この状況下では自分の命すら風前の灯火だった。
最後の賭けだ。
もし、この部屋のどこかに身を隠し、アメリアの連中が自分を見つけられなければ。
彼らが「ドーンは既に逃亡した」と誤認して引き上げてくれれば。
ワンチャンス、あるかもしれない。
そんなものは無い。
絶対にあり得ない。
だが、追い詰められて極限状態に陥ったドーンにとって、最後の救いは楽観的な妄想にしがみつくことだけだった。
隠れられる場所はないか。
ドーンは血走った目で室内を見回した。
備蓄食料棚の中、簡易ベッドの下、酸素ボンベのラック内……。どれも真っ先に調べられそうな所ばかりだ。
焦りと苛立ちを抱えたまま、彼は他の隠れられる場所を探す。
するとドーンの視界に、部屋の隅に置かれた「ある物」が飛び込んできた。
それは壁際に立てかけられた巨大な楽器ケースだった。
かつて彼が趣味で収集していたコントラバス用のハードケース。特注品だ。
ケースの中身は空で、この部屋には湿気対策のために置きっぱなしにしていたものだ。
黒く長大な楽器ケースは、まるでドーンを包み込むために誂えられた棺のように不気味な存在感を放っている。
(あれなら……入れるか……?)
ドーンは何者かに引き寄せられるように、その箱へと近づいていった。




