16-10 穴埋めで墓穴を掘られる
カロル・ドーンの邸宅の地下深くに広がる空間は、地上の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
ドーンは着の身着のままで自室を飛び出し、地下シェルターへと続く長い廊下を疾走していた。広い額からは脂汗が滲み、耳周りの白髪は乱れ、羽織っているガウンの袖は無様に波打っている。
つい先刻までは、彼は平泉がプロデュースする死のショーを、自室のモニターで悠々と見物する予定だった。
だが事態は急転し、今の彼にそんな余裕は微塵も残っていない。
とにかく逃げることが最優先だ。
捕まれば、死よりも辛い生き地獄は確定している。あの大統領父子が、自分に対して容赦などする訳がない。
(見えたぞ入口が!あの中に入ってしまえば……!)
ようやく廊下の突き当たりがドーンの視界に入ってきた。その壁面にあるのは、核攻撃にも耐えうるとされる分厚い防爆扉。ドーンは扉に飛びつくと手動でロックを解除し、転がり込むようにシェルター内部へと入った。
続いて内側からハンドルを回し、電子ロックと物理ロックの二重施錠を行う。重低音と共に鋼鉄の扉が閉ざされ、外界との接続が断たれた。
「はぁ……はぁ……」
ドーンは膝に手をつき、酸素を激しく求めるように喘いだ。
呼吸を整えつつ懐からスマートフォンを取り出す。この端末は屋敷内に張り巡らされた監視システムと直結している。
専用アプリを起動し、邸宅内の映像を確認する。
画面には一階の荒らされたリビングや無人の廊下が映し出されていた。まだ、DIAエージェントやアメリア軍は地下エリアへ続く隠し経路を特定できていないようだ。
「よし……まだ間に合う」
ドーンの顔に安堵の色が浮かぶ。
このシェルターは単なる避難場所ではない。ここには設計図にも記載されていない、今は彼しか知らない裏口が存在するのだ。
彼はシェルターの最奥にあるコンクリート打ちっぱなしの壁へと歩み寄った。一見すれば何の変哲もない壁だが、特定の位置を目視しながらピンポイントに指先でなぞる。
壁面に埋め込まれた極小の指紋認証センサーが生体情報を読み取った。
微かな駆動音と共に壁の一部がスライドし、子供一人がようやく通れるほどの小さな穴がぽっかりと口を開ける。
この穴こそ緊急脱出用通路への入口。ここを進めば敷地外の雑木林へと脱出できる。
ドーンは歪んだ笑みを浮かべて穴の中へと身を乗り出した。
「これで私の逃げ切り勝ち……」
吐きかけの言葉が喉の奥で凍りついた。
通路の入口からわずか一メートル先。本来ならば奥へと続いているはずの空間が、赤茶色の土壁によって完全に塞がれていた。
「バカな!どういうことだ?」
ドーンは信じられないものを見る目で土の壁に手を伸ばした。
指先で触れると、湿った土がパラリと崩れ落ちる。意外と脆い。固められてからさほど時間は経っていないようだ。
これは自然崩落などではない。明らかに外形的な力の行使により、この場所を狙って埋め立てられた形跡があった。
「まさか……アメリア軍はこの通路のことを知っていて、先に埋め立てていたのか?」
戦慄が背筋を駆け上がる。
彼の極秘ルートを知る者はいないはずだ。通路の施工業者は、工事の終了後に文字通り全員埋めたからだ。
しかし、最初から情報が漏れていたのか、あるいは最新鋭の地中探査技術でアメリアに特定されたのか、すでに脱出路は穴埋めされてしまっている。
ドーンは気づく。
おそらく、アメリアは地下へ続く隠し経路を特定できていなかったのでは無い。わざと知らないフリをして、ドーン自らが脱出不可能な巣穴に潜り込むように仕向けたのだ。
あの父子らしい、人をからかうような嫌らしい追い立て方。
時すでに遅し。
彼の退路は物理的に断たれてしまっていた。




