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16-8 逡巡する彼女とドリル

 海沿いの開けた道路。

 その道を異様な形状をした重機が疾走していた。

 パワードスーツ『レ・グラン』。立産自動車が極秘裏に開発を進めていた産業用ロボットだったのを軍事用に改造したものだ。


 コクピットの狭い空間に押し込められた大洗千景は、震える手で操縦桿を握りしめていた。

 前面のモニターにはカロル・ドーンの邸宅が映し出されている。

 上空には数機のヘリコプターが旋回し、爆音を轟かせているのが見えた。

 敷地内のあちこちからは黒煙が上がり、豪華な正面玄関は無残に破壊されて跡形もなくなっている。

 窓が割られドアが開け放たれた建物の周囲には、銃を持って武装した人影が複数確認できた。


「……クッ」

 千景は息を呑んだ。現実感がまるでなかった。まるでゲームか戦争映画のワンシーンを見ているようだ。


『ドーン邸に着くよ、潤二郎。辺りにはヘリが飛んでいて、地上には人が大勢いる』


 千景は恐怖を押し殺し、状況を報告した。

 遠隔で『レ・グラン』を監視している平泉潤二郎の声が、機内のスピーカーから返ってくる。


『ああ。こっちでもレ・グランから送られている映像を見ている。あれはアメリア軍のヘリだ。やつらはドーンを捕らえる気だ』


 アメリア軍。世界最強の軍隊。

 その言葉の響きだけで、千景の胸中には激しい不安が渦巻く。軍隊という存在は、彼女が生きてきた日常とは無縁でテレビの向こう側の存在でしかなかったのだから。

 それが今、目の前に敵として存在している。


『怖いよ……。今からあそこに突っ込むなんて』


 千景の本音が漏れた。

 しかし、平泉の声はあくまで優しく力強かった。


『大丈夫だ。俺を信じろ。俺の言う通りにするんだ。そうすれば何もかも上手くいく』


 ――言う通りにすれば、何もかも上手くいく――

 その言葉は千景にとって、常識や法律という一線を超えるためのスイッチがオンになる魔法の呪文だった。


 社会的な居場所を全て無くした彼女にとって、もはや平泉だけが唯一の救いで、世界の全てだった。彼が大丈夫だと言うなら、きっと大丈夫なのだ。

 千景は瞳に涙を浮かべながら、大きく頷いた。


『……うん。わかった』

『いいか?レ・グランの両腕のカバーをすぐに外せ。腕にドリルが装着されている。そのまま真っすぐ進むとドーン邸の庭に上り坂がある。その傾斜を利用してジャンプし、ヘリにそのドリルを突き刺すんだ』


 平泉の指示は具体的かつ狂気じみていた。

 空を飛ぶヘリコプターに対して、地上からドリルを突っ込む。常識で考えれば無理難題で単なる自殺行為。


『でも、そこまでしたら攻撃されない?』

『大丈夫だ。すぐに俺が攻撃をさせないように手を打つ。ヘリを串刺しにするのは、あくまで警告だ。できるな?』


 手を打つというのは、もちろん平泉の嘘だ。そんなものはない。


 やってみる、と千景は応答した。彼女の瞳から迷いの色が消える。

 湧き上がる恐怖心を上書きしたのは、依存という名の狂信的な光。


 今はただ、ドリルをヘリに突き刺すことだけに意識を集中する。

 千景は操縦桿を強く押し込み、レ・グラン内蔵のAIに両腕のカバーを外すように意思を伝えた。


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