16-6 おめーの会社ねぇから!
轟音と共にドーン邸の庭がめくれ上がった。
攻撃ヘリ『グルヴェイグ』から放たれた空対地ミサイル『ヘヴンファイア』の一撃。
爆風が辺り一帯の空気を激しく震わせ、美しく手入れされていた英国風の庭園は、瞬く間に黒煙に染まり無味乾燥な焦土へと変貌する。
意図的に建物を狙いから外した、あからさまな威嚇射撃だった。
「くそっ、人の話を聞かない小僧め!」
カロル・ドーンは悲鳴に近い罵声を上げ、サイドテーブルの上の端末をひったくった。
藁にも縋る思いでホットラインのアイコンを連打する。それは日本の総理大臣へと直結する極秘の専用回線。
しかし、通話画面には『接続不能』の無機質な文字が浮かぶだけだった。
ドーンは焦燥に駆られ、何度も荒く画面を指先で叩く。
「なぜだ!なぜ繋がらん!」
その直後、二度目の衝撃が屋敷を襲う。
ドーンは、部屋の壁一面を覆う百インチ超の大型モニターの映像を見た。
建物の監視カメラが映し出していたのは、今回ミサイルが着弾した正面玄関だった。
重厚な扉とそれを支える石造りの門柱は、飴細工のごとく吹き飛んでいた。
そして爆風と粉塵が舞う中、少し離れた場所に待機していたエージェントたちが、正面玄関があった地点へとじりじりと集結し始めていた。
間もなく建物内へ突入してくるのだろう。
ドーンはようやく気づく。
(これは故障ではない。回線が繋がらないのは、電波妨害されているか、物理的に専用回線を切断されているからだ)
二発のミサイルが着弾し、やっとドーンは事態の深刻さに気づいたが全ては手遅れだった。
いきなりリビングの照明が明滅し、大型モニターがノイズに包まれる。
だが、数秒もしないうちに画面の砂嵐は晴れ、そこに一人の男の顔が映し出された。
男が腰かけているのはアメリア国旗が刺繍された革張りのシート。男の肩越しに見える窓には青空。
おそらく、場所は『空飛ぶ大統領官邸』ことエア・フォース・ワンの機内。
『おはよう。テロリストのパトロン君。私の息子と娘が狩りの最中だと知って、様子を見に来たんだ』
アメリア連邦国大統領、ガブリエル・ハルフォード。
画面の中の彼は、まるで悪戯を仕掛けた子供のような屈託のない笑顔を浮かべていた。だがその瞳の奥には底なしの冷徹さが宿っている。
ドーンは息を呑んだ。
こちらの状況は全て筒抜けなのだ。隠しカメラ、盗聴器、人工衛星。あらゆる手段を使った監視によって自分の裏の顔もプライベートも、とっくに丸裸にされていたのだ。
自分が檻の中の鼠であることを悟ったドーンは、画面に向かって両手を合わせ懇願した。
「頼む、大統領閣下!アンタの息子の暴走を止めてくれ!これは誤解なんだ!」
ガブリエルは、顎に手を当てて一瞬だけ考えるふりをした。
ドーンは震えながら、祈るような思いで次の言葉を待つ。
『……ダメだな!調べさせてもらったが、君は日本で経営者として多大な報酬を得る一方で、反アメリア組織に多額の資金や立産自動車の技術を横流ししていた。これは、れっきとした犯罪であり、アメリアと日本に対する重大な背信行為だ』
ガブリエルの声色は、楽しげなものから一転して断罪者の響きを帯びた。
ドーンは顔面蒼白になりながらも、必死に嘘を重ねる。
「待ってくれ!私は被害者なんだ!あいつらに脅されて、無理やり協力させられただけなんだ!」
もちろん全ては嘘だった。自らの保身のためなら、ドーンは呼吸をするように嘘をつく男だ。
ガブリエルは大げさに肩をすくめ、呆れ果てたように首を横に振った。
『やれやれ、君は嘘ばかりだな。だが君はともかく、君の会社の今後は心配いらない。立産自動車はアメリア企業の「テプラ」が買収することが決まった。私は日本の総理とは「心の友」でね。電話一本で即OKしてくれたよ』
「な、なんだと……?」
ドーンの声が震えた。
テプラ社といえば、世界的なEV産業の巨人だ。
買収が決まったということは、ドーンのCEOとしての地位も権限も、全てが剥奪されることが決定したに等しい。
日本の総理に専用回線が繋がらなかったのは電波妨害が原因では無かった。既にアメリアと日本の間で秘密裏に話がついていて、立産の買収とドーンの放逐が決まっていたのだ。
画面の中のガブリエルが、残酷なまでに爽やかな笑みと共に右手を突き出した。
それはドーンにとって、死刑宣告にも等しい一言だった。
『 World's shame, you're fired! 』(世界の恥 お前はクビだ!)。
もはやドーンが持つ交渉のカードは一枚も残っていなかった。
ここに留まっていても、突入してくるアメリア軍に拘束され、残りの人生を監獄で過ごすことになるだろう。それどころか、下手をすれば「抵抗した」という名目で、この後すぐに射殺される可能性すらある。
ドーンはガブリエルが映るモニターに背を向け、脱兎のごとく部屋を飛び出した。
目指すは地下深くにあるシェルター。その奥にある緊急脱出用の通路を彼は目指す。




