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16-3 疾走する棺桶

 平泉の言葉に千景は唇を噛んだ。

 怖い。一人で戻りたくない。

 しかし、これは二人の未来のためだ。

 自分が頑張れば、また彼と一緒にいられる。幸せになれる。


「わかった……私、やるわ」

『頼んだぞ』


 平泉との通信を終えると、彼女は決意と共にレ・グランの中央部にあるコックピットへと足を踏み入れた。

 すっぽりと身体全体を包み込むシートは思いの外に心地よく、高級ソファに身を預けているような感覚に満たされる。

 だが、この最新鋭の機械は、すでに平泉の一存で棺桶にされることを千景は知らない。


 ブゥゥゥン……。

 低周波のような起動音が響き、レ・グランに内蔵されたシステムが動き出す。

 千景の視界を覆う内側のモニターに、無数のデータと外部カメラの映像が投影された。


『ユーザー認証完了。言語モード、日本語。フィジカルAIリンク開始。生体バイタル正常。自律機動モード、有効』


 無機質な合成音声が逐次流れてくる。すぐに千景の身体がふわりと軽くなったような感覚に襲われた。

 パワードスーツが彼女の神経伝達に合わせて微調整を行い、あたかも自分の身体感覚が、スーツの手足の先にまで拡張されたような錯覚を覚える。


「すごい……本当に思った通りに動く……!」


 試しに千景が右手を上げようと意識すると、それだけでレ・グランの鋼鉄の腕が滑らかに追従した。

 恐怖は消え、入れ替わりに万能感がこみ上げてくる。

 いける。これで彼のために役に立てる。


 レ・グランの起動処理が完了すると、進行方向にあるスロープの両端に照明が灯った。まるで空港の滑走路灯のように。

 続いてスロープの突き当りの天井にあるシャッターが少しずつ開いていく。その隙間からは夜明けの光が差し込んでくるのが見えた。


「見てて潤二郎。上手くやってみせるから」


 千景はレ・グランに対して心の中で『前進』を念じた。

 レ・グランの足裏に内蔵された高出力モーターが唸りを上げ、タイヤが地面を噛む。

 ギュルルルッ!という摩擦音と共に、黒いパワードスーツは地上へと滑るように飛び出した。


 目的地はカロル・ドーンの邸宅。

 潤二郎の話では、既にアメリアの追跡部隊――国防情報局(DIA)や軍に包囲されている可能性が高いという、もはや死と隣り合わせの危険な領域だ。


 千景は知らなかった。

 平泉の話は嘘だらけだったということを。

 彼は追っ手を引きつけてなどいない。むしろ、パワードスーツという派手な囮を敵陣の真っ只中に放り込むことで、敵の目を引きつけ、その混乱に乗じて自分だけが安全圏へ逃げ延びようとしていた。


 千景に与えられた最後の役目は、平泉が逃げるための時間稼ぎの駒として、華々しく散ることだけ。


 そんな思惑を知らぬまま公道に出たレ・グランは、一般車両の合間を縫って追い越しながら疾走する。

 時速100キロを優に超えるスピード。風を切る音が轟音となってスーツの外壁を叩く。


 一方、とうに横須賀市外へと離脱した車の中で、平泉は喉の奥から込み上げる笑いをこらえきれずにいた。


「見てるか?ドーンさんよ!クククッ……もうすぐド派手な花火が打ち上げられるぜ!」


 彼は腹を抱えて嗤う。

 車載モニターにはレ・グランから送られるカメラ映像が映っており、自動ナビ機能でドーン邸へ迷いなく向かう千景の様子が表示されていた。


 愉悦の笑みを浮かべて平泉はアクセルを踏み増した。

 これから起きるであろう悲劇すら暇潰し。彼は自身の生と欲望だけを求めて東京方面へと車を走らせていった。


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