16-2 パワードスーツ『レ・グラン』
コンクリート打ちっぱなしの壁に囲まれた、薄暗く冷たい空間。
カロル・ドーンが個人所有する横須賀市内の地下深くにある駐車場。
そこに一人で入場した大洗千景は、孤独と不安を感じていた。
タイミングを計ったかのように彼女の左耳で、平泉からの通信を告げるピアスがそっと発光する。
その光と声だけが、彼女を現世に繋ぎ止めている唯一の命綱だった。
『千景、聞こえるか?』
「潤二郎!?」
千景は縋るように声を上げた。
誰もいない地下空間に自分の声が反響する。
『無事に着いたか?』
「うん。言われた通りの場所にいるわ」
『よし、いい子だ』
褒められただけで千景の胸の奥が熱くなる。
広尾さやを刺した時の記憶も、岬の絶望した顔も、彼の言葉を聞けば全て忘れられそうな気がした。
「ここで乗り換えるのよね?」
『そうだ。ただし、次に乗るのは車じゃない。一番奥の壁際に二つに折り畳まれたスマホみたいな形のバカでかい筐体があるだろう?』
千景は言われた通りに地下フロアの最奥へと視線を向けた。
そこには異様な存在感を放つ物体が鎮座していた。
高さは、およそ三メートルほど。表面は艶消しの黒で塗装され、所々に幾何学的なラインが走っている。形状は確かに巨大な折り畳み式スマートフォンのようにも見える。
千景はおずおずとその物体に近づいた。
『ソイツは立産自動車が極秘で開発したパワードスーツだ。名前は「レ・グラン」。俺が渡したスマートキーを使えば、認証されて動かすことができる』
「……パワードスーツ?」
聞き慣れない単語に千景は戸惑った。
彼女は仕事でパソコンを使用するが、その他の機械全般に関する知識は乏しかった。
「私に操作できるかな……」
不安が口をついて出る。
千景は、いわゆるペーパードライバーだ。運転免許は持っているが基本的に車の運転はしない。だから彼女には、こんなSF映画に出てくるような代物を動かせる自信は無かった。
『心配するな。そいつには最新鋭のAIが搭載されている。お前の思考や声をセンサーが受け取って、ある程度は自動で動く。AIで動かすロボットみたいなものだ。俺は信じている。お前なら絶対に操作出来る』
平泉の声は確信に満ちていた。
その力強い響きが、千景の背中を押す。
彼が出来ると言っているのだ。ならば、自分は信じてやるだけだ。
今の千景には平泉を疑うという選択肢は存在しなかった。彼を疑うことは、自分自身が犯した罪と向き合うことを意味し、それは彼女の自我が崩壊することと同義になっていたからだ。
「分かった。やってみる」
千景はドーンから預かった黒いスティック状のスマートキーを握りしめた。
筐体の中央にあるスロットに、震える手でキーを差し込む。
シュゥゥゥ……ン。
空気が抜けるような音と共に、黒い塊が展開を始めた。
折り畳まれていた装甲がスライドし、内部のコックピットが露わになる。
その一連の動きはまるで、食虫植物が獲物を招き入れるために口を開いたかのような、異様な美しさを生み出していた。
『レ・グランに搭乗したらドーン邸に向かえ。そいつの足の裏には特殊なホイールが内蔵されている。車と違って渋滞を避けながらの移動が出来るし、そこらの車よりも速い』
平泉の指示に千景の手が止まった。
「……え?さっきの場所に戻るの?」
アメリアからの追跡を逃れるため、早々にあの屋敷を離れたばかりだというのに。
なぜ、わざわざ危険な場所に戻らなければならないのだろうか。
『これは作戦だ。お前は、あえてドーン邸の近くでレ・グランの姿を見せて奴らを混乱させるんだ。追手は俺が引きつける。次の指示は、レ・グランに乗ったお前が現地に着いたら出す。いいな?』




