16-1 さよならATM
横須賀の海岸線を走る国道を、一台のセダンが猛スピードで駆け抜けていく。
ハンドルを握っているのは平泉潤二郎だ。
彼はバックミラーを一瞥し、追っ手が来ていないことを確認すると、鼻歌交じりにアクセルを踏み込んだ。
行き先は都内にある隠れ家だ。
アメリアがドーン邸周辺に戦力を集中させている今こそ、隙を突いて追っ手を振り切る絶好の好機だった。
平泉は助手席の誰もいない空間を見やり、嗜虐的な笑みを浮かべた。
大洗千景は利用価値の高い駒だった。
親友を裏切らせ、罪悪感を麻痺させて、完全に自分に依存させる。彼女の思考や精神を自分色に染めていく過程は平泉にとっても極上の娯楽であり、彼女は平泉の生活費や活動資金を提供するATMとしても有用だった。
だが、状況は変わった。
エリオット・ハルフォードと滝乃川岬の追跡が予想以上に早いこと。また、緊急事態だったとはいえ、協力者であるカロル・ドーンとの関係を千景に見せすぎてしまったこと。
組織の秘密を守るため、そして自分の逃走ルートを確保するため。
彼女を最後まで利用しつくした上で、死んでもらうことが最大の利益になる。
平泉にとって、人間関係とは貸借対照表のようなものだ。相手の存在が大きな負債となり、足手まといのお荷物となれば、即座に処分する。それが彼なりの美学であり、生き残るための鉄則だった。
「ククッ、そろそろ最後の仕上げといくか」
平泉はハンドルを片手で操りながら耳元の通信機を起動させた。
演技の時間だ。彼は冷酷な詐欺師から、愛を囁く情熱を秘めた男へ変身する。
「千景、聞こえるか?」
電波に乗せたその声は、甘い毒薬となって千景へと届けられる。




