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15-8 得意なのは揉み消しでした

 東京湾を望む高台にあるカロル・ドーンの別邸。


 そのリビングルームで、ドーンは上機嫌にワイングラスを揺らしていた。

 最高級のヴィンテージワインの芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。彼は深紅の液体を一口含み、陶酔したように目を細めた。


「いい味だ。やはり死のショーの前に飲む酒は血を滾らせてくれる」


 彼は先ほど、平泉潤二郎と大洗千景をここから送り出したばかりだった。

 二人には逃走用の車両や武器を提供した。それらはドーンにとって、特別なショーを特等席で鑑賞するためのチケット代に過ぎない。


 アメリアの追跡が自分にも迫っていることは、平泉からの情報提供もあり把握していた。既にDIAがこの屋敷を包囲しているであろうことも、敷地内に張り巡らせた独自の監視システムで検知している。


 だが、それでもドーンの心拍数は平常時と変わらない平静を保っていた。

 彼はソファに深く身を沈め、余裕たっぷりに天井を仰ぐ。


(アメリアの坊やも、必死なことだ)


 ドーンがこれほどまでに落ち着いていられるのには理由があった。

 彼自身と彼が率いる立産(りっさん)自動車グループは、長年にわたり元総理の岸波文男を始めとした数々の大物政治家に対し、合法違法を問わず莫大な額の献金を行ってきた。


 それだけではない。アメリア国に対しては、日本から多くの工場をアメリア内に移すことで雇用を生み出し、さらに上院議員たちへの献金にロビー活動も行っている。

 いわば、彼は日本とアメリア両国の政治経済に深く根を張ったメインスポンサーのような立場なのだ。


 だからこそ、彼は確信していた。

 自分が逮捕されることも、命の危険に晒されることも絶対に無いということを。

 たとえ、アメリア大統領の息子が何を仕掛けてこようと、最後は手練手管がモノをいう政治と金の世界には『大人の事情』という不可侵領域が厳然と存在する。


 これまでもそうだった。

 新型モビリティの開発事故で死者が出た時も、違法な兵器開発が露見しそうになった時も、電話一本で容易く解決してきた。


 政治家を動かして警察や検察に圧力をかけさせ、証拠は揉み消し、マスコミには沈黙という名の忖度をさせる。彼にとって権力とは、恐怖の対象ではなく金を払って雇う番犬に過ぎない。


(今回も同じだ。多少騒ぎにはなるだろうが、後でどうとでもなる)


 ドーンは心の中で呟くと、テーブルの上のリモコンを手に取った。

 壁一面を覆う巨大なモニターの映像が切り替わる。

 そこに映し出されたのは、朝焼けに照らされた道路を疾走する車窓からの風景だった。


 それは手術によって平泉の義眼に埋め込まれたカメラからのライブ映像だった。

 彼が何を見ているか、何をしようとしているか、その全てがリアルタイムの映像としてドーンに届けられる。


 ドーンは口元を歪め、残りのワインを飲み干した。

「いよいよショーが始まるようだな。私の魂を震わせる至福の時が」


 ドーンは致命的な判断ミスをしていた。

 少し前までなら、彼にはこの屋敷を逃げ出すという選択肢もあった。


 しかし、金と権力の海に浸り過ぎて、危機感の麻痺していた彼は気づけなかったのだ。

 今回、彼が敵に回した者たちは、金や権力で飼い慣らせる相手ではないことを。


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