15-7 マリーン・ゼロ
エリオットは驚きを隠さず、ウォー・ルームに入ってきた岬を見つめた。
彼女は先程までの寝間着姿ではなく、動きやすい黒のパンツスーツに着替えている。その表情からは動揺や涙の痕跡は完全に拭い去られていた。
広尾の死と親友の裏切り。その二重の衝撃に耐えきれず部屋で泣き崩れていた女性は、もういない。
今の岬は揺るがぬ意志を持った『復讐者』だった。
「もう少し休んで欲しい。君はとても疲れているはずだ」
エリオットは歩み寄り声をかけた。しかし、岬は短く首を横に振った。
「体調は問題ありません。それに、今の私に疲れたり悲しんでいる暇はありません」
岬はメインスクリーンに視線を移し、問いかけた。
「千景は今どこに?」
「横須賀だ。今メインモニターに映っているカロル・ドーン邸に車で入ったのを確認している。先に地下道から逃げた平泉と落ち合っているかも知れない」
モニターには衛星から捉えた映像が映し出されている。横須賀の海沿いに建つ巨大な屋敷だ。
「カロル・ドーン……大層な大物と繋がっていたんですね、平泉は」
「ああ。奴がドーンと通じていたのには驚いた。さらにドーンと同じような平泉の支援者が日本各地にいるなら、奴を追う我々にとって厄介な問題になるだろう」
「向こうも追われているのは自覚しているでしょうね」
「その通りだ。だから、仮に平泉と千景がドーン邸に寄ったとしても、長時間は滞在しないだろう。既に次の場所へ移動している可能性の方が高い。念のため、邸宅の周りをDIAに包囲させ、アメリア軍にも攻撃準備の指示を出したが」
岬の瞳が鋭く細められた。
「横須賀に行かせてください。平泉を一秒でも早く捕まえたいんです」
「分かった。僕も一緒に行く」
エリオットは即決した。
彼は懐から通信端末を取り出し、短く命令を下す。
「『マリーン・ゼロ』を出せ」
数分後。
アメリア大使館の広大な日本庭園が、重低音とともに振動を始めた。
手入れの行き届いた芝生が左右に真っ二つに割れ、巨大な地下格納庫への入口が開く。その暗闇の底から油圧式のエレベーターによって巨大な機体がせり上がってきた。
世界に二機しか存在しない、大統領専用ヘリコプター『マリーン・ゼロ』だ。
漆黒に塗装されたそのボディは、通常の軍用ヘリとは一線を画す重厚感を放っている。対空ミサイルに対する欺瞞装置はもちろん、核攻撃時の電磁パルスにも耐えうる装甲と通信設備を備えた、空飛ぶ司令室である。
ローターが回転を始め、凄まじい風圧が周囲の木々を揺らす。
エリオットのエスコートで岬はタラップを駆け上がった。
機内に入ると、そこはヘリコプターの中とは思えないほど静寂な空間で、革張りのシートが向かい合わせに配置されていた。
「行くぞ。奴らがどこへどう逃げようと必ず捕まえる」
エリオットが座り、シートベルトを締めながら告げる。
岬とエリオットを乗せた『マリーン・ゼロ』は、夜明けの空を切り裂くように浮上した。その周囲を護衛するように、数機の攻撃ヘリ『グルヴェイグ』が追随し、編隊を組んで横須賀の方角へと機首を向ける。
都心の街並みが眼下に広がり、やがて視界の端へと流れていく。
しかし、岬はその絶景には目もくれず、向かう空の先にある標的だけを見据えていた。




